「相続から3年」では間に合わない──空き家3,000万円特別控除の期限と遺産分割の時間軸

相続した空き家を売るときの3,000万円特別控除には、令和9年12月31日という制度の期限と、相続から3年目の年末という期限が同時に走っています。令和7年以降の相続では前者が先に到来します。期限から逆算した遺産分割の進め方を不動産鑑定士が整理します。

著者:吉田 健人·読了 約16
「相続から3年」では間に合わない──空き家3,000万円特別控除の期限と遺産分割の時間軸

誰も住まなくなった実家をどうするか。売るという方向でおおむね一致しているのに、誰がいくら受け取るかで折り合わず、気がつけば一年、二年と過ぎている。相続のご相談で、もっともよく伺う経過です。

その間に静かに進んでいるのが、税制上の選択肢の目減りです。相続した空き家を売るときに使える可能性のある特別控除には、制度そのものの期限と、各家庭ごとの期限という二つの時計が同時に動いています。話し合いが長引いた結果、売る決心がついたときには使えなくなっていた——そうなれば、手取りは数百万円単位で変わります。分けるお金そのものが減るのですから、これは税務だけの話ではなく、遺産分割の話です。

私たち鑑定士は税務の判断を行う立場ではありませんが、「いつまでに売るか」という時間軸が価格と分け方を左右する場面を数多く見てきました。この記事では、空き家の特別控除の骨格と二つの期限を整理したうえで、遺産分割のスケジュールをどこから逆算すべきかを説明します。なお、個別の適用可否や税額の計算は税務の判断ですので、必ず税理士にご確認ください。

空き家の3,000万円特別控除とは何か

制度の骨格

正式には「被相続人の居住用財産(空き家)に係る譲渡所得の特別控除の特例」といいます。相続または遺贈によって取得した被相続人の居住用家屋とその敷地を売却した場合、一定の要件を満たせば、譲渡所得(売却代金から取得費と譲渡費用を差し引いた利益)から最高3,000万円を控除できるという制度です。

昔から持っている土地を売ると、取得費が古い価格のままであるために、売却益が大きく計上されがちです。そこに控除がかかるかどうかで、納める税額は大きく変わります。空き家を市場に戻すことを促す政策として設けられた制度で、平成28年4月1日から令和9年12月31日までの間の譲渡が対象とされています(国税庁タックスアンサーNo.3306)。

3,000万円か2,000万円か──相続人の数で変わる

見落とされやすいのが控除額の区分です。令和6年1月1日以後に行う譲渡については、その家屋または敷地を相続または遺贈により取得した相続人の数が3人以上である場合、控除額の上限は1人あたり2,000万円となります。2人以下であれば3,000万円です。

つまり、きょうだいが3人いて実家を共有で相続し、そのまま売却した場合、1人あたりの控除枠は2,000万円に下がります。「3,000万円まで非課税」という言葉だけが独り歩きしていると、手取りの見込みを誤ります。誰の名義でいくつに分けて相続するかという遺産分割の設計そのものが、控除枠の大きさに影響するという点は、協議の早い段階で押さえておくべきことです。

対象にならない実家もある

この特例には、家屋そのものに対する要件があります。主なものを挙げます。

要件の対象内容
建築時期昭和56年5月31日以前に建築されたこと
建物の登記区分所有建物登記がされている建物でないこと
同居の有無相続の開始の直前において被相続人以外に居住をしていた人がいなかったこと
売却代金1億円以下であること

区分所有建物登記がされている建物は対象外とされていますので、分譲マンションの一室を相続したケースは、この特例の枠組みからは外れます。また、相続開始の直前に被相続人が一人で住んでいたことが前提ですから、同居の家族がいた実家も原則として対象になりません。ただし、要介護認定等を受けて老人ホーム等に入所していた場合については、一定の要件のもとで対象とする取扱いが設けられています。

要件は細かく、実際の家屋がどれに当たるかの判断は容易ではありません。「うちは使えるはずだ」と思い込んで分割の方針を決める前に、税理士に確認してください。

二つの期限が同時に走っている

制度そのものの期限は令和9年12月31日

まず、制度の適用対象となる譲渡は令和9年12月31日までのものです。この記事を書いている令和8年9月の時点で、残りは約1年3か月ということになります。

この種の特例は過去に何度か期限が延長されてきましたが、延長されることを前提に計画を立てるのは危険です。制度の存続は将来の税制改正次第であり、私たちがここで見通しを述べることはできません。いま確定している期限から逆算するほかありません。

各家庭ごとの期限は相続開始から3年目の年末

もう一つが、相続の開始があった日から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売却するという要件です。こちらは家庭ごとに時計の進み方が違います。

この二つが同時に走っているため、どちらが先に来るかは相続の発生時期で入れ替わります。

相続開始の時期3年目の年末先に到来する期限
令和5年中令和8年12月31日3年目の年末
令和6年中令和9年12月31日同時
令和7年以降令和10年12月31日以降制度の期限

注意していただきたいのは表の一番下の行です。令和7年以降に相続が発生したご家庭は、「相続から3年あるから急がなくてよい」と考えがちですが、実際には制度の期限のほうが先に来ます。3年という数字だけを覚えていると、1年以上前倒しで締め切りが来ることを見落とします。

さらにもう一つ、翌年2月15日という期限

三つ目の時計もあります。この特例の適用を受けるには、原則として家屋が耐震基準に適合するか、家屋を取り壊して敷地だけを譲渡することが必要です。令和6年1月1日以後の譲渡については、売買契約等に基づいて買主が譲渡の日の属する年の翌年2月15日までに耐震改修または取壊しを行った場合にも対象とする取扱いが設けられました。

要件が緩和されたことは確かですが、これは買主の協力を前提とする仕組みです。年末ぎりぎりに契約して翌年2月15日までに工事を終えるという段取りが、買主の都合と工事業者の手配のなかで本当に組めるのか。期限の直前になるほど、この一手が効かなくなります。実務的には、年末を目標にするのではなく、その数か月前を目標に置くべきだと考えます。

想定されるケース:期限に間に合うかどうかで手取りはこう変わる

設定

ここから先は実在の事案ではなく、仕組みを説明するための想定されるケースです。数値は仮定であり、個別の税額を保証するものではありません。

被相続人が一人で暮らしていた木造2階建ての実家(昭和50年建築)を、相続人であるきょうだい2人が相続しました。売却代金は4,000万円、取得費が不明のため概算取得費として売却代金の5パーセントを用い、譲渡費用は200万円と仮定します。この場合の譲渡所得は、4,000万円から取得費200万円と譲渡費用200万円を差し引いた3,600万円です。2人が2分の1ずつ取得して売却したとすると、1人あたりの譲渡所得は1,800万円となります。

控除が使える場合と使えない場合

相続人が2人ですので、控除額の上限は1人あたり3,000万円です。

状況1人あたりの課税対象
期限内に売却し特例を適用0円──
期限を過ぎて適用できず1,800万円1,800万円

課税対象が1,800万円残るということは、所有期間や税率区分にもよりますが、きょうだい1人あたりで数百万円規模の税負担が生じうるということです。2人分を合わせれば、遺産として手元に残る金額はそれだけ縮みます。売却代金という「分ける原資」そのものが減るのですから、これは分割の公平さに直結します。具体的な税額の計算は税理士にご確認ください。

分割が遅れる原因は、たいてい「価格が決まらない」こと

では、なぜ期限に間に合わないのか。ご相談を伺っていると、感情的な対立よりも、「いくらの財産なのかが決まらない」ことで止まっている例が目立ちます。

不動産会社3社の査定額が2,000万円から3,200万円まで割れている。そのどれを信じるかで、きょうだいの取り分が数百万円変わる。誰も譲らない。結果として何も決まらないまま季節が過ぎる——という経過です。査定額は売却の受任を前提とした営業活動の一環としての価格意見であり、評価の根拠を開示した書面ではありません。割れて当然のものを突き合わせても、決着はつきません。この構造については評価額の食い違いで協議が止まったときの3つの選択肢で詳しく述べています。

期限のある制度を使うつもりなら、価格の決着を先に持ってくるべきです。中立の立場で調査した価格が一つあれば、そこからの議論は「その価格でよいか」ではなく「その価格を前提に誰がどう分けるか」に変わります。話し合いの性質が変われば、進む速度も変わります。

分割が長引くと、ほかの選択肢も同時に細る

建物を貸す・住むと要件から外れる

この特例には、相続の時から譲渡の時まで、その家屋や敷地が事業の用、貸付けの用または居住の用に供されていたことがないという要件があります。

分割がまとまらないあいだの「とりあえず」の判断が、ここに引っかかります。空き家のままでは傷むからと誰かが住む、管理費の足しにと短期で貸す、駐車場として貸す。いずれも善意の判断ですが、その時点で特例の土俵から降りることになりかねません。保有中の負担については相続した空き家を放置するコスト──固定資産税だけではないで整理していますが、負担を軽くする工夫が別の選択肢を潰すという関係にある点は、判断の前に知っておく必要があります。

取得費加算の特例とは選ぶ関係にある

相続税を納めた方が使える制度として、相続財産を譲渡した場合の取得費の特例(いわゆる取得費加算)があります。ただし、空き家の特別控除の適用を受けるには、売った家屋や敷地等について取得費加算の特例など他の特例の適用を受けていないことが要件とされています。両方を重ねて使うことはできず、どちらが有利かは事案ごとに変わります。

ここは典型的に税理士の判断領域です。私たち鑑定士が申し上げられるのは、「どちらが有利かを検討する時間」もまた期限の内側にあるということだけです。期限の直前に相談を始めれば、比較検討する余裕そのものがありません。

建物の劣化そのものが価格を下げる

税制の期限とは別に、時間の経過は価格にも作用します。人が住まない家は住んでいる家より傷みが速く、「手を入れれば住める家」から「解体前提の古家」へと市場での見られ方が移っていきます。そうなれば、買主は解体費を織り込んだ価格しか提示しません。

つまり、分割が長引く家は、控除という盾を失いながら、売却代金そのものも下げていくことになります。二重の目減りです。期限の内側で売るという方針を採るのなら、価格の決着を後回しにする理由はどこにもありません。

期限から逆算する進め方

まずカレンダーを引く

やるべきことは単純です。制度の期限(令和9年12月31日)と、相続開始から3年目の年末を書き出し、早いほうを締め切りとして固定します。そこから逆算して、売買の段取りに必要な期間を差し引いていきます。

売却活動そのものに数か月、契約から決済までに1か月から2か月、取壊しを行うならさらに期間が要ります。買主による取壊し等の取扱いを使う場合でも、翌年2月15日までという制約がある以上、年末に契約が間に合えばよいという発想は危険です。これらを積み上げると、遺産分割協議は締め切りの半年以上前に決着させておきたい、という結論になります。

価格等調査報告書と鑑定評価書の使い分け

分割協議を期限内に決着させるには、根拠のある価格が早い段階で必要です。用途に応じて二つの選択肢があります。

場面適した書面
相続人どうしの話し合いの判断材料価格等調査報告書
調停・審判など書面の重みが求められる場面鑑定評価書

いずれも、対象不動産の現地調査と法令上の制限の確認、取引事例の分析を経て、なぜその価格なのかを書面に残します。「相場ではこのくらいらしい」という伝聞と、調査の過程を開示した書面とでは、話し合いの場で持つ力がまるで違うと断言します。評価を用意する時期については遺産分割協議の進め方──不動産の評価はいつ用意するかもあわせてご覧ください。

鑑定士・税理士・弁護士の役割分担

最後に線引きを明確にしておきます。対象となる家屋と土地の現況を調査し、その価格がいくらであるかを判断することは私たち鑑定士の仕事です。一方、この特例の適用可否、控除額の区分、取得費加算との有利不利、申告に必要な書類の整備は税務の判断ですので、税理士にご確認ください。遺産分割協議書の作成や、話し合いがまとまらない場合の調停申立てといった手続は弁護士にご相談ください。

役割を分けたうえで、価格の部分だけを先に確定させる。期限のある制度を取りこぼさないための、もっとも確実な進め方だと考えます。

まとめ

空き家の3,000万円特別控除は、使えるかどうかで手取りが数百万円単位で変わる制度でありながら、その可否は遺産分割が期限内にまとまるかどうかに左右されます。税務の問題であると同時に、分割のスケジュールの問題です。

要点を振り返ります。

  • 制度の対象となる譲渡は令和9年12月31日までであり、令和7年以降に相続が発生したご家庭では「相続から3年」より制度の期限のほうが先に到来する
  • 令和6年1月1日以後の譲渡では、その家屋等を相続または遺贈により取得した相続人が3人以上の場合、控除額の上限は1人あたり2,000万円に下がる
  • 昭和56年5月31日以前の建築であること、区分所有建物登記がされている建物でないこと、相続開始の直前に被相続人以外の居住者がいなかったこと、売却代金1億円以下といった要件がある
  • 買主が譲渡の翌年2月15日までに耐震改修または取壊しを行う取扱いはあるが、買主の協力が前提であり、年末ぎりぎりの契約では機能しにくい
  • 分割が長引くあいだに家を貸す・住むといった判断をすると、特例の要件から外れることがある。取得費加算の特例とは選択の関係にある
  • 協議が止まる原因の多くは価格が決まらないことにあり、根拠のある価格を早い段階で用意することが期限を守る近道になる

誰も住まなくなった実家の分け方が決まらないまま時間が過ぎている相続人の方、依頼者が相続した空き家の売却期限が迫っていてお困りの税理士・弁護士・司法書士の先生。まず動かすべきは、価格です。価格が一つ決まれば、議論は「いくらなのか」から「その前提で誰がどう分けるか」へ移り、期限までの残り時間を段取りに使えるようになります。

相続した空き家の評価でお悩みの相続人の方、依頼者の遺産分割を支援される士業の先生は、登記事項証明書と現況のわかる資料をお手元に、初回無料相談をご利用ください。対象不動産を調査したうえで、分割の前提となる価格を根拠とともに整理してお伝えします。

免責事項

本記事は不動産鑑定評価の観点からの一般的な情報提供を目的としています。個別の税務に関する助言は税理士、法務に関する助言は弁護士など各専門家へお問い合わせください。記載内容は執筆時点の情報に基づいており、最新の制度・判例等により取り扱いが変わる可能性があります。

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