いわゆる「簡易鑑定」の正体──価格等調査報告書と鑑定評価書を費用と場面で選び分ける

いわゆる「簡易鑑定」という名称の成果物は、制度上存在しません。不動産鑑定士が作る価格資料は、鑑定評価基準に則る鑑定評価書と、則らない価格等調査報告書の二つです。何がどう違い、相続のどの場面でどちらを選ぶべきかを、費用と使える場面の両面から整理します。

著者:吉田 健人·読了 約14
いわゆる「簡易鑑定」の正体──価格等調査報告書と鑑定評価書を費用と場面で選び分ける

いわゆる「簡易鑑定」ならいくらくらいですか——相続のご相談で、これは本当によく出てくるご質問です。正式な鑑定評価は高そうだ、でも不動産会社の無料査定だけでは兄弟を説得できない。その中間に、手頃で、それなりに通用する何かがあるのではないか。そう考えるのは、まったく自然なことだと思います。

ただ、制度上はいわゆる「簡易鑑定」という名称の成果物は存在しません。不動産鑑定士が作成する価格の資料は、大きく分けて二種類しかありません。不動産鑑定評価基準に則って作成する鑑定評価書と、基準に則らずに調査範囲を限定して作成する価格等調査報告書です。世の中でそう呼ばれているものは、その多くが後者にあたります。

名前の問題だと思われるかもしれません。しかし、この違いは費用の違いであると同時に、その資料がどこまで通用するかの違いでもあります。協議の入口なら安いほうで十分な場面がある一方、調停や審判に進んでから「これでは足りませんでした」と気づくと、結局二度払うことになります。本稿では、私たち鑑定士がこの二つをどう区別し、どの場面でどちらをお勧めしているのかを整理します。

なぜ「鑑定」と名乗れない成果物があるのか

表題に「鑑定評価」と書けないというルール

国土交通省は、不動産鑑定士が価格等の調査を行う場合の取扱いとして、「不動産鑑定士が不動産に関する価格等調査を行う場合の業務の目的と範囲等の確定及び成果報告書の記載事項に関するガイドライン」(いわゆる価格等調査ガイドライン。平成22年1月1日施行)を定めています。日本不動産鑑定士協会連合会も、これを受けた実務指針を設けています。

このガイドラインの要点は単純です。不動産鑑定評価基準に則って作成したものだけが「不動産鑑定評価書」と名乗れる。基準に則らない調査の成果物は、表題に「鑑定」「評価」の語を用いることができない。だから私たちは「調査報告書」「意見書」といった名称を使います。当事務所では「価格等調査報告書」と呼んでいます。

いわゆる「簡易鑑定」という言葉は、この線引きをまたいでしまっています。中身が基準に則らない調査であれば、そこに「鑑定」の二文字を付けることはできません。逆に、基準に則って作成しているなら、それは簡易でも何でもない正式な鑑定評価書です。つまりこの言葉は、制度上どちらの側にも置き場所がないのです。

名前の問題ではなく、中身の問題

なぜこれほど厳格かというと、鑑定評価書には法律上の重みが与えられているからです。不動産の鑑定評価に関する法律第39条は、不動産鑑定業者が依頼者に鑑定評価書を交付しなければならないこと、そして鑑定評価に関与した不動産鑑定士が資格を表示して署名押印しなければならないことを定めています。誰が、どの資格で、その価格に責任を負うのかが、書面の上で特定される仕組みです。

この重みを持つ書面と、調査範囲を限定した報告書とを、名前の上で混同させない。それがガイドラインの趣旨です。ですからこの言葉に出会ったときは、その中身が価格等調査なのかどうかを確認してください。あなたが受け取るものの性質は、把握しておく必要があります。

二つの成果物は何が違うのか

違いは四つの軸で整理できます。

拠って立つルールが違う

鑑定評価書は、不動産鑑定評価基準という全国共通のルールブックに則って作成します。どの手法を適用すべきか、価格を求めるにあたって何を調べ、どう検証し、どう記載するか。手順が定められており、鑑定士はそこから自由に外れることができません。

価格等調査報告書は、基準に則らないことを明示したうえで、依頼者と合意した調査範囲の中で価格を調査します。たとえば現地の外観確認にとどめる、役所調査の一部を省略する、複数の手法のうち主たる一つに絞る、といった省略が起こり得ます。省略した以上、その旨と理由を報告書に記載することがガイドライン上求められます。

調査の範囲と手間が違う

具体的には、現地調査・法務局や役所での調査・取引事例の収集と検証に、どれだけ手をかけるかが変わります。費用の差は、ほぼこの手間の差から生じていると考えてください。

責任の所在と証明力が違う

鑑定評価書は、鑑定士の署名押印によって責任の所在が明示され、裁判所や調停の場で価格資料として最も重く扱われる類型です。価格等調査報告書は、記載内容に鑑定士が責任を負う点は同じですが、基準に則らない旨が明記されている以上、第三者を説得する力では鑑定評価書に及びません。

想定される利用者の範囲が違う

価格等調査ガイドラインは、成果報告書に「利用者の範囲」を記載することを求めています。依頼者の内部検討用なのか、第三者に提示することを予定しているのか。ここを最初に確定させるのが、この制度のいちばん重要な部分です。

以下に対比をまとめます。

比較の軸価格等調査報告書鑑定評価書
拠って立つルール基準に則らない(合意した範囲で調査)不動産鑑定評価基準に則る
表題「鑑定」「評価」の語は使えない「不動産鑑定評価書」
主な用途相場観の共有・方針判断調停・審判・遺留分交渉への提出
費用の目安10万円〜15万円(税別)20万円〜60万円(税別)

費用はどれくらい違うのか

当事務所の料金の考え方

当事務所では、価格等調査報告書を10万円〜15万円(税別)、鑑定評価書を20万円〜60万円(税別)としています。鑑定評価書の幅が広いのは、物件の類型によって作業量が大きく変わるためです。更地であれば20万円〜30万円程度、戸建住宅で25万円〜40万円程度、分譲マンション1室で25万円〜35万円程度、借地権・底地で30万円〜50万円程度、賃貸アパート等の収益物件で35万円〜60万円程度が目安になります。詳しくは料金のご案内に掲載しています。

このほか、他の相続人から出てきた査定書や鑑定評価書の内容を検証するセカンドオピニオン(5万円〜、税別)という選択肢もあります。自分で価格資料を作るのではなく、相手方の資料の弱点を洗い出す使い方です。

「安いほう」で足りる場面、足りない場面

費用だけを見れば価格等調査報告書が魅力的に映ります。しかし、ここで判断を誤ると二重の出費になります。

足りる場面は、まだ誰も敵対していない段階です。相続人全員がおおよその資産価値を把握したいだけで、数字が出れば話が進みそうだという状況。あるいは、他の相続人が持ってきた査定額が妥当かどうか、自分の側で確かめたいだけの状況。この段階で60万円をかけるのは、明らかに過剰です。

足りない場面は、第三者に提出する予定がある場合です。調停に進むことが見えているなら、最初から鑑定評価書を選んでください。価格等調査報告書を出しても、相手方から「基準に則っていない資料ではないか」と指摘されれば、その一点で議論の土俵から外されかねません。そうなると、あらためて鑑定評価書を取り直すことになり、先に払った費用は戻りません。

協議段階と調停・審判段階では、必要な資料の重さが変わる

協議段階──全員の出発点をそろえる

遺産分割協議は、相続人同士の話し合いです。ここで必要なのは、裁判所を説得する資料ではなく、全員が同じ数字を出発点にできることです。兄は「3,000万円くらいだろう」、弟は「いや3,600万円はする」と、それぞれが別の前提で話している限り、議論は永遠にかみ合いません。

この段階で中立の第三者が出した数字が一つあれば、それだけで停滞が動くことがあります。金額の精密さよりも、「誰の味方でもない人が出した数字」であることのほうが効きます。価格等調査報告書が最も力を発揮するのはこの局面です。

調停・審判段階──説得する相手が変わる

調停に進むと、説得すべき相手が相続人から調停委員・裁判官に変わります。ここで問われるのは、その数字がどういう手順で導かれたのかです。基準に則って作成され、鑑定士が署名押印した鑑定評価書は、この場面で最も重く扱われる価格資料です。鑑定評価書に何が書かれているのかは鑑定評価書の中身で解説しています。

ただし、鑑定評価書を出したからといって裁判所がその金額をそのまま採用するとは限りません。あくまで有力な証拠資料の一つです。手続上の判断は弁護士の先生にご確認ください。

遺留分の場面では基準時が違う

もう一点、見落とされやすい論点があります。価格を「いつ時点」で求めるかです。遺産分割における不動産の評価は、一般に分割時の価格を前提に議論されます。一方、遺留分侵害額請求では相続開始時が基準となります。

同じ不動産でも、価格時点が数年ずれれば金額は変わります。何のための資料なのかを最初に確定させないと、正しく作られた資料であっても、その場面では使えないということが起こり得ます。

どちらを選ぶか──数字で考える判断基準

動く金額の「桁」と比べる

判断の物差しはシンプルです。評価額の差によって動く代償金の額と、費用の差を比べてください。

相続人が2人で法定相続分が2分の1ずつ、実家を兄が取得して弟に代償金を払う——という想定されるケースで考えます。この場合、評価額の差の半分がそのまま代償金の差になります。

評価額の差代償金の差(相続人2人)費用をかける実益
100万円50万円乏しい
300万円150万円検討に値する
600万円300万円大きい

(説明のための仮の数値です。実際の分割割合や合意内容によって結果は異なります。)

相続人間で提示されている金額の開きが100万円程度にとどまり、話し合いで折り合えそうなのであれば、鑑定評価書を取る必要はありません。逆に開きが300万円を超えてきて、しかも相手が引く気配がないなら、費用をかける意味は十分にあります。

想定されるケースで考える

ケース1──兄弟3人、まだ誰も揉めていない。 母の自宅を相続し、売るか誰かが住むかも決まっていない。まずは資産の全体像を知りたい。この場合は価格等調査報告書が適しています。数字が出てから、分け方の議論を始めればよいのです。

ケース2──相手方が不動産会社の査定書を根拠に金額を主張している。 査定書は媒介契約の獲得を目的として作成されるもので、評価の根拠が示されていないことも少なくありません。まずはセカンドオピニオンでその査定書を検証し、反論できる点があれば鑑定評価書に進む、という段取りが費用効率の良い進め方です。査定書の性質については無料査定の使い方をご覧ください。

ケース3──すでに調停の申立てをしている、または申立てを予定している。 迷わず鑑定評価書を選んでください。ここで費用を抑えても、資料としての重みが足りず、結局取り直すことになります。

段階的に使うという考え方

二つを対立させる必要はありません。協議の入口では価格等調査報告書で全員の出発点をそろえ、決裂して調停に進む段になったら鑑定評価書に切り替える。この段階的な使い方は、費用面でも進行面でも合理的です。ただし繰り返しになりますが、調停が視野に入っているなら最初から鑑定評価書です。「とりあえず安いほうから」が常に正解とは限りません。

まとめ

いわゆる「簡易鑑定」という名称の成果物は制度上存在せず、不動産鑑定士が作成する価格資料は、鑑定評価基準に則る鑑定評価書と、則らない価格等調査報告書のどちらかです。そして、この二つは費用が違うだけでなく、通用する場面が違います。

要点を振り返ります。

  • 基準に則らない調査の成果物は、表題に「鑑定」「評価」の語を用いることができない(価格等調査ガイドライン)
  • 鑑定評価書は不動産鑑定士が資格を表示して署名押印する書面であり、責任の所在が明示される(不動産の鑑定評価に関する法律第39条)
  • 費用の目安は、価格等調査報告書が10万円〜15万円、鑑定評価書が20万円〜60万円(いずれも税別)
  • 相続人同士で出発点をそろえたい協議段階なら価格等調査報告書、調停・審判に提出するなら鑑定評価書
  • 遺産分割は分割時、遺留分は相続開始時と、必要な価格時点が異なる点にも注意が必要
  • 選ぶ基準は、評価額の差によって動く代償金の額と費用の差を比べること

実家を相続してこれから話し合いを始める相続人の方、すでに評価額をめぐって主張が割れている方、依頼者のために価格資料の選択を検討されている税理士・弁護士・司法書士の先生。いずれの場合も、まずは「何のための資料なのか」を確定させるところから始めてください。用途が決まれば、どちらを選ぶべきかは自ずと決まります。なお、相続税の申告における評価の取扱いについては税理士の先生に、手続上の判断については弁護士の先生にご確認ください。

相続した不動産の評価でお悩みの相続人の方、依頼者の遺産分割を支援される士業の先生は、初回無料相談をご利用ください。どちらの成果物が適しているかの見立てだけでも、費用をいただかずにお答えしています。お問い合わせからお気軽にご連絡ください。

免責事項

本記事は不動産鑑定評価の観点からの一般的な情報提供を目的としています。個別の税務に関する助言は税理士、法務に関する助言は弁護士など各専門家へお問い合わせください。記載内容は執筆時点の情報に基づいており、最新の制度・判例等により取り扱いが変わる可能性があります。

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