協議・調停・審判

裁判所の鑑定と自分で頼む鑑定は何が違うのか──費用・期間・説得力の3軸で比べる

遺産分割調停で「鑑定をされますか」と提案されたとき、裁判所の鑑定と自分で頼む鑑定のどちらを選ぶべきか。同じ鑑定士が同じ基準で作るのに、費用の決まり方・結果までの期間・数字の扱われ方が根本的に違います。3つの軸で選び分ける判断材料を整理します。

著者:吉田 健人·読了 約15
裁判所の鑑定と自分で頼む鑑定は何が違うのか──費用・期間・説得力の3軸で比べる

遺産分割調停で実家の評価が折り合わないまま何回か期日を重ねると、調停委員からこう切り出されることがあります。「評価について、鑑定をされますか」。

その場では、ありがたい提案に聞こえます。裁判所が選んだ専門家が中立の立場で評価してくれるのだから、自分で頼むより公平で、相手方も納得するはずだ。ところが、この提案に「お願いします」と答えた瞬間、費用の金額も、結果が出るまでの時間も、出てきた数字を受け入れるかどうかの選択も、あなたの手を離れます。

結論から申し上げます。**裁判所の鑑定と自分で頼む鑑定は、精度の違いではなく、手続上の位置づけの違いです。**どちらも同じ不動産鑑定士が同じ基準で作りますが、費用の決まり方、結果が出るまでの期間、そして出てきた数字の扱われ方が根本的に異なります。私たち鑑定士が協議や調停の現場で見てきたこの3つの軸の違いを、順に整理します。なお、手続の選択や申立ての方法といった法律判断は弁護士に、代償金や売却に伴う税務の判断は税理士にご確認ください。

遺産分割で出てくる「鑑定」は二つある

裁判所の鑑定は証拠調べの一種

家庭裁判所は、職権で事実の調査をし、かつ、申立てにより又は職権で、必要と認める証拠調べをしなければならないとされています(家事事件手続法第56条第1項)。この証拠調べについては民事訴訟法の規定が準用され(同法第64条第1項)、鑑定は証拠調べの一つの方法として行われます。

ここで押さえていただきたいのは、鑑定人を指定するのは裁判所だという点です(民事訴訟法第213条)。当事者は「この鑑定士にお願いしたい」と指名できません。

自分で頼む鑑定は「書証」として提出する

一方、当事者が自分で不動産鑑定士に依頼して作成させた鑑定評価書は、手続上は書証(文書を証拠として提出すること)として扱われます。裁判所の鑑定と区別するため、実務では私的鑑定と呼ばれることがあります。

この「私的」という言葉に引っ張られる方が多いのですが、作成方法が私的なわけではありません。不動産鑑定士は依頼者が誰であっても不動産鑑定評価基準に則る義務を負っており、依頼者に有利な数字を作ることはできません。

作る人も基準も同じである

裁判所の鑑定人候補者名簿に登録されているのも、あなたが相談する事務所にいるのも、同じ不動産鑑定士で、用いる基準も同じ不動産鑑定評価基準です。違うのは、中立性がどう担保されているかと、出てきた数字がその後どう扱われるか。この二点が、費用・期間・説得力という3つの軸すべてに影響します。

軸1:費用──いつ、誰が、いくら払うのか

裁判所の鑑定は金額が後から決まる

裁判所の鑑定を実施するには、当事者が鑑定費用を裁判所に予納する必要があります。そして予納額は、鑑定人候補が選定され、その候補者から見積りを得て初めて決まります。

つまり、**いくらかかるかは見積りが出るまで分かりません。**想定より高かったとしても、交渉して下げられる性質のものでもありません。金額のコントロールが効かないことが、費用面での最大の特徴です。

水準は対象不動産の数・種類・所在地・権利関係の複雑さによって大きく変わり、土地建物1件でも数十万円、複数物件や借地権・共有が絡む場合は100万円を超えることもあります。

誰が負担するのか

家事事件手続法第28条第1項は、手続費用は各自の負担とすると定めています。実務上、鑑定費用の予納は法定相続分に応じて相続人が分担するのが通常です。

ただし、ここに落とし穴があります。**他の相続人が納付に応じなくても、鑑定を求めた側が全額を予納すれば鑑定は実施されます。**結果として、鑑定を望んだ一人が総額を立て替える形になることが珍しくありません。立て替えた分が清算されるかは審判での手続費用の定め方次第であり、現実に回収できるかは相手方の資力次第です。

自分で頼む鑑定は依頼前に金額が確定する

これに対し、自分で鑑定士に依頼する場合は、見積りを受け取ってから依頼するかを決められます。当事務所の目安は、価格等調査報告書(不動産鑑定評価基準に則らない方法による価格調査の結果をまとめた成果物)が10万〜15万円(税別)、鑑定評価書(同基準に則って作成される正式な成果物)が20万〜60万円(税別)です。

費用は依頼した人が全額を負担し、相手方に請求できるものではありません。その代わり、金額も範囲も自分で選べます(いわゆる「簡易鑑定」の正体)。

想定されるケースで比べる

次の状況を想定します。実在の事案ではありません。相続人は長男・長女・次男の3人で法定相続分は各3分の1、遺産の中心は実家の土地建物1件。調停で評価が折り合わず、長男が裁判所の鑑定を申し出ました。

鑑定人候補からの見積りは80万円でした。法定相続分どおりなら1人あたり約26万7,000円です。ところが長女と次男は「鑑定を求めたのは長男だ」として納付に応じず、長男が80万円全額を予納しました。鑑定評価書が出るまでに約6か月がかかっています。

もし長男が、調停の早い段階で自分の鑑定評価書を40万円(税別)で取得していたらどうでしょうか。費用は半分、期間は資料が揃ってから2〜3週間です。そのうえで相手方が納得すれば、裁判所の鑑定に進む必要そのものがなくなります。「裁判所の鑑定なら分担できるから安い」とは限らないのです。

軸2:期間──手続に乗ると何か月動くのか

決定までの助走が長い

裁判所の鑑定は、申し出てすぐに始まるものではありません。おおよそ次の段階を踏みます。

  1. 鑑定の申出と、実施の可否についての当事者の意見聴取
  2. 鑑定人候補の選定と、見積りの取得
  3. 予納鑑定決定、鑑定人の宣誓手続
  4. 現地調査・資料収集・鑑定評価書の作成と提出
  5. 当事者による内容の検討・意見を経て、次回期日で評価が確定

問題は、調停や審判の期日が1〜2か月に1回しか開かれないことです。上の段階の多くは期日をまたいで進みますから、鑑定評価書が出て評価が固まるまでに半年前後を見込んでおく必要があります(遺産分割調停の流れと不動産の価格資料)。

自分で頼む鑑定は資料が揃えば2〜3週間

自分で依頼する場合、着手のタイミングを自分で決められます。資料(登記事項証明書、公図、地積測量図、建物図面、固定資産税納税通知書など)が揃ってから、鑑定評価書の作成に要する期間はおおむね2〜3週間です。次回期日の1か月前までにご相談いただければ、その期日に間に合います。逆に言えば、直前に思い立っても間に合いません。

期日1回分の遅れが2か月になる

期間の差は待ち時間の差にとどまりません。評価の資料が出ていない期日では、相手方が提出した査定書だけが議論の材料として席に残り続け、その数字が前提として定着していきます。相続税の申告期限は相続開始を知った日の翌日から10か月。この時計が動いている以上、半年の追加を軽く見るわけにはいきません。

軸3:説得力──相手方と裁判所にどう届くか

裁判所の鑑定は事実上の決着になる

裁判所が選任した鑑定人による評価額は、審判で分割方法や代償金の額を決める際の基礎として、特段の事情がない限りそのまま用いられます。裏を返せば、自分にとって不利な数字が出ても、それで決まるということです。「中立だから安心」ではなく「中立だから覆せない」と理解しておくほうが、実態に近いと申し上げます。

自分で頼む鑑定は反論されうる証拠である

一方、私的鑑定は書証ですから、相手方は当然に反論できますし、「依頼した側に有利に作られているのではないか」という疑いが向けられることもあります。

しかし、これは弱点であると同時に利点でもあります。内容を確認したうえで提出するかを決められ、思わしくない結果なら提出しない選択も残ります。裁判所の鑑定にこの自由はありません。

反論されにくい鑑定評価書の条件

私的鑑定が相手方や調停委員に通用するかどうかは、次の4点で決まります。

  • **不動産鑑定評価基準に則った鑑定評価書であること。**価格等調査報告書は同基準に則らない成果物ですから、争いが深刻な場面では重みが落ちます
  • **価格時点が正しいこと。**遺産分割における不動産の評価の基準時は、原則として遺産分割時です。相続税の申告で用いた相続開始時の数字をそのまま持ち込むと、時点の食い違いを突かれます
  • 採用した取引事例と、そこから対象不動産へどう補正したかが読んで追えること
  • 減価要因(接道条件、不整形、傾斜地、借家人の存在など)の根拠が資料で裏づけられていること

この4点が満たされていれば、相手方は「高すぎる」という感想では反論できず、具体的な項目を挙げて争わざるを得なくなります。そこまで踏み込めなければ、調停委員の目には根拠のある一方の数字だけが残ります(「この査定書はおかしい」を根拠に変える)。

3つの軸を一覧で確認し、場面で選び分ける

比較軸裁判所の鑑定自分で頼む鑑定
手続上の位置づけ証拠調べ(家事事件手続法第64条第1項)書証として提出
鑑定人を選ぶ主体裁判所が指定(民事訴訟法第213条)依頼者が選ぶ
金額が決まる時点鑑定人の見積り後。交渉の余地はない依頼前の見積りで確定
費用の目安数十万円から100万円超まで幅がある鑑定評価書20万〜60万円(税別)
負担者各自負担が原則(同法第28条第1項)。実務上は法定相続分で分担依頼者が全額
結果までの期間申出から半年前後を見込む資料到着から2〜3週間
数字の扱われ方特段の事情がない限り分割の基礎になる反論の余地がある証拠
結果が不服なとき覆すのは容易でない提出前に検討でき、出さない選択も残る

先に自分の鑑定を出すほうが合理的な場面

次のいずれかに当てはまるなら、裁判所の鑑定を申し出る前に自分で評価を取ることをおすすめします。相手方が不動産会社の無料査定書1枚しか出していない場合。評価額の開きが代償金の数百万円の差につながっている場合。調停の早い段階で、話し合いで決着する余地が残っている場合。費用と時間を自分で管理したい場合です。

早い段階で根拠のある数字を一つ置くと、そもそも裁判所の鑑定に進まずに済むことが少なくありません。80万円と半年を使わずに済むのであれば、40万円と3週間は十分に見合います。

裁判所の鑑定に進むべき場面

逆に、次の場合は裁判所の鑑定が有効な選択肢になります。双方がそれぞれ鑑定評価書を提出したのに開きが埋まらない場合。相手方が私的鑑定を信用せず、協議のテーブルに戻らない場合。すでに審判に移行し、裁判所が評価を確定させなければ手続が進まない場合。借地権・底地・共有持分・大規模地といった特殊な対象で、双方の評価の前提そのものが食い違っている場合です。

この場合の予納金は、決着をつけるための費用と割り切ることになります。ただし進む前に、見込まれる水準は把握しておいてください。想定より不利な数字が出ても、それで決まるからです。

裁判所の鑑定に進む場合に、当事者ができる備え

進むと決めたなら、二つの場面で手が打てます。

一つは**前提条件です。**鑑定人が何を前提に評価するかは結論を大きく動かします。価格時点をいつに置くか。建物を現況の利用状態のまま評価するのか、更地を前提とするのか。借家人や使用借権をどう扱うか。これらは鑑定の実施が決まる段階で当事者が意見を述べる機会があり、固まってから「そこは違う」と言ってもやり直しは効きません。具体的な申出の方法は弁護士にご確認ください。私たち鑑定士がお手伝いできるのは、どの前提がいくらの差になるのかを事前にお示しすることです。

もう一つは**提出後の検討です。**出てきた鑑定評価書に疑問があれば、自分側の鑑定士に読み込んでもらい、基準の適用や取引事例の選択、減価要因の拾い方に問題がないかを確かめます。ただし「数字が気に入らない」だけでは何も動きません。通用するのは、基準のどの部分の適用に問題があるのかという具体的な指摘だけです。

まとめ

裁判所の鑑定と自分で頼む鑑定は、優劣ではなく役割が違います。中立性と決着力を取るか、費用と時間と選択の自由を取るか。この判断を、調停委員に提案されたその場で決める必要はありません。要点を振り返ります。

  • どちらも同じ不動産鑑定士が不動産鑑定評価基準に則って作る。精度ではなく手続上の位置づけが違う
  • 裁判所の鑑定は鑑定人を裁判所が指定し(民事訴訟法第213条)、費用は見積りが出るまで分からず、交渉の余地もない
  • 費用は各自負担が原則だが(家事事件手続法第28条第1項)、他の相続人が応じなければ申し出た一人が全額を予納することになる
  • 期間は、申出から評価の確定まで半年前後。自分で頼む鑑定は資料到着から2〜3週間で、期日1回分の差が2か月の差になる
  • 裁判所の鑑定の数字は特段の事情がない限り分割の基礎になる。不利な結果も引き受ける手続である
  • 早い段階で根拠のある鑑定評価書を一つ置くことで、裁判所の鑑定に進まずに済む場面は少なくない

調停で評価が争点になりかけている相続人の方、審判への移行を見据えている方、そして依頼者の遺産分割を支援される弁護士・税理士・司法書士の先生方にお伝えしたいのは、順序の問題です。裁判所の鑑定は最後に残しておける手段であり、その前にできることがあります。根拠のある数字を先に置けば、80万円と半年を使わずに解決できる可能性が開けます。

相続した不動産の評価でお悩みの相続人の方、依頼者の遺産分割を支援される士業の先生は、初回無料相談をご利用ください。ご相談はお問い合わせから、費用の目安は料金のご案内をご覧ください。

免責事項

本記事は不動産鑑定評価の観点からの一般的な情報提供を目的としています。個別の税務に関する助言は税理士、法務に関する助言は弁護士など各専門家へお問い合わせください。記載内容は執筆時点の情報に基づいており、最新の制度・判例等により取り扱いが変わる可能性があります。

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