「この査定書はおかしい」を根拠に変える──相手方の評価に反論する3つの着眼点
相手方が出してきた査定書に納得がいかない。そのとき必要なのは強い言葉ではなく、検証できる問いです。価格時点・評価の前提条件・比較事例という3つの着眼点から、専門家でなくても査定書のどこを確認すべきかを不動産鑑定士が整理します。

「相手方の代理人から届いた査定書に、実家は2,200万円と書いてあった。自分の感覚では3,000万円はするはずだ」——遺産分割のご相談で、こうしたお話をよく伺います。金額に納得がいかない。けれども、どこがどうおかしいのかを言葉にできない。そのまま「安すぎると思います」とだけ伝えても、相手方からは「不動産会社が出した正式な書面です」と返ってきて、話は一歩も進みません。
査定書は、反論できない書面ではありません。査定とは、いくつかの前提を置いて計算した結果です。前提を置いた以上、その前提を一つずつ確認していけば、どこで数字が動いたのかは相当の確度で見えてきます。問題は、確認すべき箇所を知らないまま「高い」「安い」という感想だけをぶつけ合い、そのうちに感情の対立にすり替わってしまうことにあります。
私たち鑑定士は、相続人のどちらの側からも「相手が出してきた価格資料を見てほしい」というご依頼を受けます。そのとき最初に見るのは、表紙の金額ではありません。価格時点・評価の前提条件・比較事例という3点です。この記事では、その3つの着眼点を、専門家でない方でも査定書を手元に置いて確認できる形に分解します。なお、査定書を証拠としてどう扱うかは法律判断に属しますので、実際の反論の組み立ては弁護士にご相談のうえ進めてください。
「高い」「安い」は反論になっていない
感想と反論を分けるもの
「安すぎる」は感想です。「この査定は2年前の価格を前提にしており、その後の地価変動が反映されていない」は反論です。両者の違いは、相手方が答えなければならない具体的な問いになっているかどうかにあります。
感想に対して、相手方は「そちらの主観ですよね」と言えば足ります。しかし前提を明示した問いには、「反映済みです」か「反映していません」のどちらかを答えるほかありません。答えが後者なら、査定額はその分だけ動くことが確定します。調停の場で調停委員が扱えるのも、前者ではなく後者です。
相手方の査定書にも「根拠を示す義務」がある
見落とされがちな点を一つ挙げます。不動産会社が売買すべき価額について意見を述べるときは、その根拠を明らかにしなければならないと法律で定められています(宅地建物取引業法第34条の2第2項)。これは媒介契約に関する規定ですが、査定額には根拠の提示がセットで求められるという制度の建て付けそのものは、遺産分割の場面で提出された査定書を読むときにも意味を持ちます。
つまり「どの事例と比べ、どう補正してこの金額になったのですか」という問いは、無理な要求ではありません。根拠を尋ねること自体が正当な確認であり、そこに答えがない査定書は、金額の説得力もそこまで、ということになります。
着眼点①:価格時点──その査定書は、いつの価格か
遺産分割は「分割時」、遺留分は「相続開始時」
最初に確認するのは価格時点、つまり「いつの時点の価格として示された金額なのか」です。不動産の価格は時間とともに動きますから、金額は時点とセットでなければ意味を持ちません。
相続の場面では、必要な時点が手続によって違います。遺産分割において遺産を評価する基準時は、実務上、分割をする時点(現在)の時価と扱われるのが一般的です。一方、遺留分侵害額を算定する基礎となる財産の価額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額とされています(民法第1043条第1項)。相続開始から数年が経っている事案では、この二つは別の数字になります。
したがって、遺産分割の協議・調停で相手方が出してきた査定書が「相続開始時の価格」として作られていた場合、それは論点そのものが噛み合っていません。基準時の考え方は相続開始時にさかのぼって評価できる理由で詳しく述べています。
査定書に書かれた日付は、価格の日付とは限らない
査定書には作成日が印字されています。ところが、その日付は書類を出力した日であって、価格をどの時点のものとして算出したかを示すものとは限りません。参照した取引事例が1年前のもので、時点修正(事例の取引時点から評価する時点までの価格変動を調整すること)を行っていなければ、書類の日付が最近でも、中身は1年前の相場です。
確認すべきことは二つです。この金額はいつの時点の価格か。参照事例の取引時期から価格時点までの変動を調整しているか。この二つを査定書の記載だけで答えられないのであれば、価格時点が管理されていないという意味になります。
想定されるケース:2年前の査定書が出てきたら
想定されるケースを置きます。実在の事案ではありません。相続開始は2年前、相手方が提出した査定書は相続開始直後に取得したもので、金額は2,200万円。その後、周辺の公示地価が年3パーセント程度の上昇を続けていたとします。
単純に2年分の変動を反映すれば、2,200万円掛ける1.03の2乗で約2,334万円。この時点で134万円の差が生じます。相続人が2人で代償分割(一人が不動産を取得し、取り分を超える分を金銭で支払う分け方)を行う場合、代償金はこの差の半分、およそ67万円動きます。
この指摘は、相手方の査定書の中身が正しいか誤っているかを争っていません。「その数字は2年前のものですね」と言っているだけです。反論としてもっとも通りやすいのは、実はこの種の、相手を否定しない指摘です。
着眼点②:前提条件──何を「ある」ことにして計算したか
更地としてか、古家付きとしてか
価格時点の次に見るのは、評価の前提条件です。同じ土地でも、何を前提に計算したかで金額は大きく変わります。
典型は建物の扱いです。築古の家屋が建つ土地を「更地として」査定すれば、解体費用は考慮されていません。木造30坪程度で解体費が約150万円かかるとすれば、実際に売って現金化するときの手取りはその分だけ下回ります。逆に、まだ十分使える建物を無価値として扱っていれば、今度は低く出すぎです。
査定書の前提欄に「更地」「現況有姿」「古家付き土地」のいずれが書かれているかを確認し、その前提がいまこの遺産分割で必要な前提と一致しているかを確かめてください。一致していなければ、金額の大小を争う前に、前提を揃える話から始めるべきです。
数量と権利の範囲
前提条件のうち、もっとも数字に効くにもかかわらず見落とされやすいのが、面積と権利の範囲です。
登記簿の地積と実測面積が食い違うことは珍しくありません。とくに古い分筆を経た土地では、実測すると登記簿より広い、あるいは狭いということが起こります。査定が登記簿の地積だけを見ているなら、面積が実態と合っているかは未確認ということです。
権利の範囲も同じです。被相続人の持分は全部か一部か、前面は公道か私道か、私道であればその持分を持っているか、隣地との間に越境(塀や庇などが境界を越えている状態)がないか。いずれも価格に直接響きますが、現地を短時間見ただけの査定では拾いきれません。
前提が違えば、計算が正しくても答えは違う
前提条件の指摘は、相手方の不動産会社の能力を問題にするものではありません。依頼者から「更地として見てほしい」と言われれば、そのとおり計算するのが自然です。計算が正しくても、前提が遺産分割の場面に合っていなければ、その金額はこの協議では使えない、というだけの話です。
この整理ができると、相手方を責めずに数字を動かせます。「御社の査定が誤っているとは申しません。ただ、この協議で必要なのは古家付きの現況を前提とした価格です」——この形の申し入れには、相手方も応じやすくなります。
着眼点③:比較事例──どの取引と比べたのか
事例に求められる条件
査定も鑑定評価も、土台にあるのは「似た不動産がいくらで取引されたか」です。不動産鑑定評価基準は、取引事例比較法で用いる事例について、取引事情が正常なものかまたは正常なものに補正できること、時点修正が可能なこと、地域要因と個別的要因の比較が可能なことを求めています。平たく言えば、近い場所の・近い時期の・似た性格の取引でなければ、比べる意味が薄いということです。
そこで確認するのは3点です。事例は対象不動産と同じ地域か、需要が重なる範囲にあるか。取引時期はいつか。規模・形状・接道条件は対象不動産と近いか。査定書に事例が一件も書かれていなければ、これらは何一つ検証できません。それ自体が、その査定書の性格を示しています。
「成約」か「売出」か
もう一つ、きわめて実務的な確認点があります。参照されているのが成約価格なのか、売出価格なのかです。
売出価格は売主の希望であって、取引が成立した価格ではありません。売れ残った物件の売出価格を並べれば相場より高い水準が並び、値下げ交渉を経た成約価格だけを並べれば低めに出ます。宅地建物取引業者は指定流通機構(レインズ)で成約事例を参照できますので、「成約事例に基づくものですか」は相手方が答えられる問いです。
補正の中身が書かれているか
事例が示されていても、そこから対象不動産の価格へどう橋渡ししたかが書かれていなければ、検証はできません。事例の平方メートル単価が30万円で、対象地の単価が24万円と査定されているなら、なぜ2割引いたのか。角地でないから、間口が狭いから、傾斜があるから——理由があるはずです。
その理由が「総合的に勘案」としか書かれていない場合、その2割は根拠を欠いたまま金額を動かしていることになります。開きが数百万円規模であれば、この一点だけでも確認を求める価値があります。鑑定評価書がこの補正の過程をどこまで書面化しているかは、鑑定評価書には何が書いてあるかをご覧ください。
3つの着眼点を、使える資料に変える
指摘を一覧にする
3つの着眼点で査定書を読むと、いくつかの確認事項が出てきます。それを口頭で並べるのではなく、一覧にしてください。次のような形で十分です。
| 着眼点 | 確認すること | 金額への効き方 |
|---|---|---|
| 価格時点 | いつの時点の価格か/時点修正の有無 | 変動率に応じて上下 |
| 前提条件 | 更地か現況か/面積・権利の範囲 | 解体費・減価分だけ上下 |
| 比較事例 | 地域・時期・類似性/成約か売出か/補正の根拠 | 単価水準がそのまま反映 |
一覧にすると、相手方は個々の項目に答えざるを得なくなります。「全体として納得できない」は無視できても、「この3点はどうなっていますか」は無視しにくい。反論を資料の形にする意味はここにあります。反論は、相手を負かすためではなく、話を前に進めるために行うものです。
反証としての価格等調査報告書・鑑定評価書
確認を求めても相手方が応じない、あるいは回答を見ても開きが埋まらない場合は、こちら側で価格の根拠を用意することになります。話し合いの段階で判断材料として使うのであれば価格等調査報告書、調停や審判など書面の重みが必要な場面では鑑定評価書という使い分けが可能です。
大切なのは、査定書に査定書で応じるのではなく、検証可能な書面で応じるという点です。鑑定評価書には価格時点も前提条件も採用事例と補正の過程も記載されますから、この記事で挙げた3つの着眼点のすべてが書面上で開示されます。相手方がそれを検証できるからこそ、調停の場で共通の土台になり得ます。
膠着した評価をどう解くかという全体の選択肢は、評価額の食い違いで協議が止まったときの3つの選択肢に整理しています。
法律論は弁護士へ
私たち鑑定士の守備範囲も明確にしておきます。査定書を価格の観点から検証し、必要であれば別の価格を示すことは鑑定士の仕事です。しかし、その書面を調停でどう位置づけるか、どの主張と結びつけるか、いつ提出するかといった判断は法律事務にあたりますので、弁護士にご相談ください。譲渡所得や相続税の取扱いが絡む場合は、税理士にご確認ください。
役割を分けたうえで、価格の部分だけを正確に押さえる。それが、評価を争う場面でもっとも確実な進め方だと断言します。
まとめ
相手方の査定書に納得がいかないとき、必要なのは強い言葉ではなく、検証できる問いです。価格時点・前提条件・比較事例という3つの着眼点は、専門家でなくても査定書を手に確認できます。
要点を振り返ります。
- 「高い」「安い」は感想であり、相手方は答える必要がない。前提を特定した問いだけが反論として機能する
- 不動産会社には価額について意見を述べる際に根拠を明らかにする義務があり(宅地建物取引業法第34条の2第2項)、根拠を尋ねることは正当な確認である
- 着眼点①価格時点:遺産分割は分割時、遺留分は相続開始時。書類の作成日と価格の時点は別物である
- 着眼点②前提条件:更地か古家付きか、面積と権利の範囲はどうか。前提が違えば計算が正しくても答えは違う
- 着眼点③比較事例:近い場所・近い時期・似た性格の取引か、成約か売出か、補正の理由が書かれているか
- 確認事項は一覧にする。相手方が応じなければ、価格等調査報告書または鑑定評価書という検証可能な書面で応じる
相手方から届いた査定書を前に手のつけどころが分からずにいる相続人の方、依頼者のために価格資料の当否を検討されている弁護士・税理士・司法書士の先生は、その書面をお手元にご相談ください。価格時点・前提条件・比較事例の3点から、どこを確認すべきかを整理してお伝えします。初回無料相談をご利用ください。
免責事項
本記事は不動産鑑定評価の観点からの一般的な情報提供を目的としています。個別の税務に関する助言は税理士、法務に関する助言は弁護士など各専門家へお問い合わせください。記載内容は執筆時点の情報に基づいており、最新の制度・判例等により取り扱いが変わる可能性があります。
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