「実家に住み続けたい」を通すための段取り──同居していた相続人が踏む4つのステップ
「実家に住み続けたい」と伝えた途端、代償金の話になる——ここで金策から始めると、借入の限界額が交渉の天井になります。居住の確認・評価額の確定・資金の手当て・合意書という守るべき順序と、順番次第で代償金がどこまで変わるかを不動産鑑定士が整理します。

親を看取り、そのまま実家に住み続けている。四十九日が過ぎたころ、きょうだいから「あの家、どうする。売って分けようか」と切り出される——ご相談でもっとも多く伺う場面のひとつです。
住み続けたいと答えれば、次に返ってくるのは「じゃあ、いくら払ってくれるの」という問いです。そこで慌てて金策の相談に走る方が少なくありません。しかし、その順番は不利に働きます。支払う金額が決まっていないうちに資金の話を始めれば、相手方が持ち込んだ数字がそのまま前提として固まってしまうからです。
結論から申し上げます。**住みながら分けるための段取りには、守るべき順序があります。**居住の立場を確認し、評価額を確定し、資金を手当てし、合意書に落とす。この4つを逆から進めてはいけません。私たち鑑定士が協議の現場で見てきた順序の意味を、時系列に沿って整理します。なお、権利関係の法律判断は弁護士に、税務の判断は税理士にご確認ください。
ステップ0──あなたは「分割まで住み続けられる」立場にある
同居していた相続人には使用貸借が推認される
最初に、足元を固めてください。慌てて明け渡しに応じる必要はありません。
最高裁判所は、共同相続人の一人が相続開始前から被相続人の許諾を得て遺産である建物に同居してきたときは、特段の事情のない限り、遺産分割によりその建物の所有関係が確定するまでの間、引き続き無償で使用させる旨の合意があったものと推認される、と判断しています(最高裁判所平成8年12月17日判決)。使用貸借(無償で物を借りる契約。民法第593条)が成立していたものとして扱う、という考え方です。
つまり、遺産分割が終わるまでの居住それ自体は原則として守られます。「早く出ていけ」と言われて即座に応じなければならない状況ではありません。この時間的な余裕が、評価と資金手当てを落ち着いて進める土台になります。
配偶者の場合は別の権利が用意されている
亡くなった方の配偶者であれば、さらに手厚い制度があります。配偶者短期居住権(相続開始時に被相続人の建物に無償で住んでいた配偶者が、一定期間その建物を無償で使える権利。民法第1037条)は、遺産分割で建物の帰属が確定した日か、相続開始から6か月を経過する日のいずれか遅い日まで存続します。
長期的に住み続けたい場合は、配偶者居住権(所有権から居住する権利だけを切り出し、終身または一定期間の居住を認める権利。民法第1028条)を遺産分割で取得する選択もあります。所有権を取得するより取得価額を抑えられるため、代償金の負担が下がる可能性があります。
「住み続けられること」と「取得できること」は違う
混同していただきたくない点があります。分割が終わるまで住み続けられることと、分割の結果としてその家を自分のものにできることは別の問題です。前者は現状の維持にすぎず、後者を実現するには他の相続人の取り分を金銭で埋めなければなりません。ステップ0に安住して時間だけが過ぎると、かえって選択肢が狭まります。
ステップ1──遺産の全体像と居住の実績を整理する
何があるかを先に確定させる
不動産の話から入りたくなりますが、先に遺産の全体像を押さえてください。預貯金、有価証券、保険、負債、そして不動産。この一覧がないと、代償金がいくらになるのかを計算できません。
特に預貯金の額は重要です。現金が多く含まれていれば、他の相続人への配分に充てて代償金そのものを圧縮できます。実家しか目ぼしい財産がない場合とでは、打つ手がまったく異なります。
居住と負担の実績を記録に残す
同時に、ご自身の実績を整理しておいてください。いつからその家に住んでいるか。固定資産税を誰が払っていたか。修繕費を負担していないか。親の介護にどれだけ関わってきたか。固定資産税の納付書、修繕工事の請求書、介護サービスの記録を時系列で並べるだけで構いません。
これらが法律上どう評価されるか——寄与分(民法第904条の2)にあたるかどうかなど——の判断は弁護士の領域です。私たちは、資料が揃っているほど協議が短く済む、という事実をお伝えするにとどめます。
ステップ2──評価額を確定する(ここが要)
順序を逆にすると交渉がゼロに戻る
多くの方がつまずくのがここです。資金の相談を先に始めてしまうのです。
金融機関に相談し、「2,000万円までなら借りられそうだ」と分かったところで協議の席に戻る。すると相手方は「3,000万円が適正だ」と主張している。2,000万円はただの限界額であって、交渉の材料になりません。むしろ「借りられないなら売るしかない」という結論に押し込まれます。
逆にすべきです。まず代償金の額を根拠のある評価で固め、その額が確定してから払い方を設計する。代償金は評価額から機械的に決まりますから、入口を押さえれば出口の金額が変わります(代償金の金額は評価額で決まる)。
想定されるケースで確かめる
次の状況を想定します。実在の事案ではありません。相続人は長男・長女・次男の3人、法定相続分は各3分の1。遺産は長男が住み続けている実家と、預貯金600万円です。
長女が持参した不動産会社の査定書には4,800万円とありました。この数字で計算すると、遺産総額は5,400万円、各人の取り分は1,800万円です。預貯金600万円を長女と次男に300万円ずつ配分しても、二人はなお1,500万円ずつ不足します。長男が支払う代償金は合計3,000万円です。
ここで評価を確かめました。この実家は前面道路の幅員に制約があり、敷地の一部が斜面で有効に使えない形状でした。市場で成立する価格は3,900万円と判定されたとします。遺産総額は4,500万円、各人の取り分は1,500万円。預貯金300万円ずつを差し引くと、代償金は1,200万円ずつ、合計2,400万円です。
**評価額の900万円の差が、代償金の600万円の差になりました。**長男以外に相続人が2人いるため、評価額の差の3分の2が代償金に響いた計算です。資金繰りを考える前にこの検証をしたかどうかで、背負う額が600万円変わります。
どの資料で評価額を出すか
評価額の根拠として何を用意するかは、協議の温度によって変わります。相手方との関係が良好で互いに納得できる数字を探している段階なら、価格等調査報告書(不動産鑑定評価基準に則らない方法による価格調査の結果をまとめた成果物)で足りることが多くあります。費用を抑えつつ、専門家の検討過程を示せます。
一方、すでに調停に進んでいる、相手方が強硬で反論が予想されるといった場合は、鑑定評価書(不動産鑑定評価基準に則って作成される正式な成果物)が適します。裁判所に提出する資料としての重みが違います(いわゆる「簡易鑑定」の正体)。
なお、遺産分割における不動産の評価の基準時は、原則として遺産分割時です。相続税の申告で使う相続開始時の評価とは時点が異なりますので、申告書の数字をそのまま協議に持ち込むと食い違いが生じます。
ステップ3──代償金の資金を手当てする
額が決まってから設計する
代償金の額が固まれば、ようやく資金の問題に移れます。ここまで来れば、答えの出せる問題です。
先ほどの想定ケースで、代償金2,400万円をすべて借入で賄うとします。金利年3.0%・返済期間20年・元利均等返済であれば、月々の返済はおおむね13万3,000円、総返済額は約3,190万円で、利息だけで約790万円の負担です。この負担を、同等の住宅を借りた場合の家賃と比べて判断してください。
組み合わせも可能です。半額の1,200万円を同条件で借り、残る1,200万円を年120万円ずつ10年の分割払いにすれば、月々約6万7,000円と年120万円という形になります。分割払いには相手方の同意が要りますが、支払総額・各回の金額と期日・遅延損害金・期限の利益喪失条項を協議書に明記すれば、受け取る側のリスクも下がります。他の遺産の一部を売って原資にする、現物で払うといった選択肢の比較は代償金が払えないとき、実家を手放すしかないのかをご覧ください。
審判では支払能力が正面から問われる
話し合いがまとまらず審判に進んだ場合、家庭裁判所は特別の事情があると認めるときに、相続人の一人に他の相続人への債務を負担させる方法で分割することができます(家事事件手続法第195条)。実務上、この判断では、取得する相続人に支払能力があること、評価額について相続人間でおおむね意見が一致していることが重視されます。
「払えないが家は欲しい」という主張は通りにくく、支払能力を示す資料がなければ、裁判所は不動産を売却して代金を分ける方向に進みます。ステップ2と3を固めておくことは、審判への備えでもあるのです。
ステップ4──合意書に落とし、蒸し返しを防ぐ
書き切るべき項目
合意ができたら、遺産分割協議書に確定的な形で記載します。誰がどの不動産を取得するか(登記できる表示で)、代償金の額、支払時期と方法、分割払いなら各回の期日と遅延時の扱い。「後日協議する」という文言は将来の紛争の種になります。作成と登記の実務は弁護士・司法書士にご確認ください。
申し上げたいのは、協議書に書く代償金の額に根拠資料が紐づいているべきだ、という一点です。数字の出どころを説明できる状態にしておけば、後からの蒸し返しが起きにくくなります。
4つのステップを一覧で確認する
| ステップ | 目的 | 主な作業 |
|---|---|---|
| 0 居住の確認 | 明け渡しを急がず時間を確保する | 同居の経緯と使用関係の整理、配偶者なら居住権の検討 |
| 1 全体像の整理 | 代償金の計算基礎を作る | 財産目録の作成、固定資産税・修繕・介護の実績を記録 |
| 2 評価額の確定 | 支払う額そのものを動かす | 価格等調査報告書または鑑定評価書の取得 |
| 3 資金の手当て | 確定した額の払い方を設計する | 借入・分割払い・一部換価の組み合わせ |
| 4 合意書の作成 | 蒸し返しを防ぐ | 取得者・代償金額・支払期日・遅延時の扱いを明記 |
順序を守ることに意味があります。ステップ3から始めれば借入の限界額が交渉の天井になり、ステップ2から始めれば根拠のある額が交渉の土台になります。同じ実家、同じ相続人でも、結果が変わるのはここです。
段取りを崩す3つの落とし穴
「とりあえず共有」で先送りする
決めきれず、実家を相続人の共有名義にして先送りする選択があります。手続きは簡単ですが、おすすめしていません。相続開始から10年を経過した後の遺産分割は、原則として具体的相続分(特別受益や寄与分を反映した取り分)ではなく法定相続分によることとされました(民法第904条の3。令和5年4月1日施行)。介護に尽くした、生前の援助があった、といった事情を主張できなくなります。同居して親を支えてきた方ほど、先送りで失うものが大きいのです。
相続登記を後回しにする
相続登記は令和6年4月1日から義務化されています。相続により所有権を取得したことを知った日から3年以内に登記を申請しなければならず、正当な理由なく怠った場合は10万円以下の過料の対象となります(不動産登記法第76条の2、第164条第1項)。住み続けるつもりであっても、名義を放置してよい理由にはなりません。
税務上の期限を知らずに動く
住み続ける相続人にとって見落とせないのが、小規模宅地等の特例です。被相続人と同居していた親族が宅地を取得する場合、相続税の申告期限まで居住を継続し、かつその宅地を保有し続けることが要件とされています。申告期限前に引っ越したり売却したりすると適用を受けられません。限度面積や減額割合、個別事案への当てはめは税理士にご確認ください。
重要なのは、段取りの中に税務上の期限が組み込まれているという事実です。相続税の申告期限は相続開始を知った日の翌日から10か月。この時計が動いている以上、協議を漫然と長引かせる余裕はありません。
まとめ
実家に住み続けたいという希望は、段取り次第で十分に実現できます。急ぐべきは明け渡しへの対応ではなく、評価額を根拠のある形で固めることです。要点を振り返ります。
- 相続開始前から同居していた相続人は、遺産分割が終わるまで無償で住み続けられると推認される(最高裁判所平成8年12月17日判決)
- ただし「住み続けられること」と「取得できること」は別問題であり、取得には代償金の手当てが要る
- 資金の相談を先に始めると、借入の限界額が交渉の天井になる。評価額の確定を先に置く
- 想定ケースでは評価額900万円の差が代償金600万円の差になり、相続人の人数が多いほど影響は大きい
- 審判では支払能力と評価額の一致がともに問われるため、ステップ2と3は審判への備えでもある
- 「とりあえず共有」は10年の期間制限により、同居して親を支えた人ほど失うものが大きい
親と同居していた方、実家に住みながら遺産分割を迎えた方、そしてそうした依頼者を支援される弁護士・司法書士・税理士の先生方にとって、最初の一手は共通しています。根拠を示せる一つの評価額を置くことです。土台の数字が定まれば、住み続けるという希望は、金額と期限のある計画に変わります。
実家に住み続けたいとお考えの相続人の方、依頼者の遺産分割を支援される士業の先生は、初回無料相談をご利用ください。ご相談はお問い合わせから、費用の目安は料金のご案内をご覧ください。
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