相続不動産の売却と確定申告──取得費の書類1枚で税額が669万円変わる準備リスト
相続した不動産を売った翌年の確定申告では、被相続人の取得費を証明する書類の有無で税額が大きく変わります。取得費・取得時期の引継ぎ、概算取得費5%との差を示す想定ケース、売却前から申告までの必要書類を時系列のチェックリストで不動産鑑定士が整理します。

相続した不動産を売却した年は、翌年に確定申告が必要になります。会社員で毎年の申告に縁がなかった方ほど、2月に入ってから「何を集めればいいのか」「親が買ったときの書類なんて残っていない」と慌てることになります。
結論からお伝えします。相続した不動産の売却で税額をもっとも大きく左右するのは、売った金額ではなく取得費(その不動産を手に入れるためにかかった金額)を証明する書類です。しかもその取得費は、相続したときの時価ではなく、亡くなった方が購入したときの代金を引き継ぎます。被相続人(亡くなった方)の売買契約書が見つかるかどうかで、後で紹介する想定ケースでは税額が669万円変わります。
私たち鑑定士は税額を計算する立場ではありません。ただ、相続不動産の売却に関わるなかで、申告の直前に書類探しが始まり、取り返しがつかなくなる場面を見てきました。この記事では、売却の前から申告期限までに集めるべき資料を時系列のチェックリストに整理します。個別の税額や特例の適用可否は、必ず税理士にご確認ください。
相続不動産の売却で確定申告が必要になる理由
申告するのは「売った年の翌年」
不動産を売って利益(譲渡所得)が出た場合、売った年の翌年2月16日から3月15日までに確定申告をします。2026年中に引き渡した物件であれば、申告期間は2027年2月16日から3月15日です。給与の年末調整では精算されないため、会社員の方も自分で申告しなければなりません。
譲渡所得は次の式で計算します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 収入金額 | 売買代金(固定資産税の精算金を含む) |
| 取得費 | 被相続人の購入代金など、手に入れるためにかかった金額 |
| 譲渡費用 | 仲介手数料など、売るために直接かかった金額 |
| 譲渡所得 | 収入金額から取得費と譲渡費用を差し引いた額 |
譲渡所得が出なかった場合は原則として申告不要ですが、特例の適用を受ける場合などは申告が必要です。自分が申告の対象になるかどうかも含め、税理士にご確認ください。
取得費と取得時期は被相続人から引き継ぐ
相続で取得した土地建物は、被相続人が購入したときの代金や購入手数料をもとに取得費を計算し、取得時期もそのまま引き継ぎます(所得税法60条1項、国税庁タックスアンサーNo.3270)。親が30年前に買った家であれば、相続から1年で売っても所有期間5年超の長期譲渡所得として扱われ、税率は所得税・住民税あわせて20.315パーセントです。
ここで多くの方が誤解されるのが、「相続税評価額」や「相続時の時価」を取得費にできると考えてしまう点です。相続税の申告書に載っている路線価ベースの金額も、私たち鑑定士が出す鑑定評価額も、譲渡所得の取得費にはなりません。取得費はあくまで被相続人の購入時点の数字です。価格の専門家として、この点だけは断言しておきます。
相続人が払った登記費用も取得費に入る
相続人が相続登記のときに支払った登録免許税や司法書士報酬、不動産取得税(相続では通常かかりません)は、業務用でない資産であれば取得費に含めることができます(国税庁タックスアンサーNo.3270)。ただし、後述する「売った金額の5パーセント」を取得費とする方法を選ぶ場合は、これらを上乗せできません。
相続した土地の取得費が分からないときの扱い
概算取得費は売却代金の5パーセント
被相続人の購入代金が分からない場合、売った金額の5パーセントを取得費とすることができます(租税特別措置法31条の4、国税庁タックスアンサーNo.3258)。先祖伝来の土地のように、そもそも購入の記録がない場合も同じ扱いです。
便利な制度に見えますが、実際の購入代金が売却代金の5パーセントを大きく上回る物件では、税負担が跳ね上がります。バブル期前後に購入された住宅は、購入時の価格が現在の売却価格を上回ることも珍しくありません。
想定されるケース:書類1枚で税額が変わる
ここからは実在の事案ではなく、仕組みを説明するための想定されるケースです。数値は仮定であり、個別の税額を保証するものではありません。
父が1990年に土地3,500万円・木造建物1,000万円、合計4,500万円で購入した自宅を相続し、2026年に3,600万円で売却したとします。相続登記の費用は30万円、仲介手数料と印紙税をあわせた譲渡費用は126万円と仮定します。
建物は年数とともに価値が減るため、取得費から減価償却費相当額を差し引きます。業務用でない木造住宅は耐用年数を1.5倍した33年で計算し、取得価額の95パーセントが上限です。この例では36年が経過しているため上限に達し、建物の取得費は50万円になります。
| 項目 | 契約書が見つかった場合 | 見つからない場合 |
|---|---|---|
| 取得費 | 3,580万円 | 180万円 |
| 譲渡費用 | 126万円 | 126万円 |
| 譲渡所得 | 赤字(課税なし) | 3,294万円 |
| 税額の目安 | 0円 | 約669万円 |
取得費3,580万円は、土地3,500万円、建物50万円、相続登記費用30万円の合計です。契約書が見つからなければ5パーセントの180万円しか差し引けず、約669万円の税負担が生じます。具体的な税額は税理士にご確認ください。
土地と建物の内訳が分からないとき
上の計算は、購入時の契約書に土地と建物の内訳が書かれている前提です。総額しか書かれていない場合、内訳をどう置くかで建物の減価償却費が変わり、取得費も変わります。内訳の決め方の優先順位は土地と建物の内訳で譲渡所得税が289万円変わる──相続不動産の配分の決め方と優先順位で整理しました。
また、契約書そのものが見つからない場合でも、購入当時の通帳の振込記録、住宅ローンの契約書、登記簿に記載された抵当権の債権額、分譲時のパンフレットなどから購入代金を裏付けられないかを、税理士と相談しながら検討する余地があります。どの資料で足りるかは個別の判断になりますので、自己判断で金額を推計して申告しないでください。
相続した不動産の譲渡申告に必要な書類
時系列のチェックリスト
申告の直前に慌てないために、資料は売却の前から集め始めます。
| 時期 | 集めるもの |
|---|---|
| 売却の前 | 被相続人の購入時の売買契約書・領収書、建築請負契約書、相続登記の費用の領収書 |
| 売買契約時 | 今回の売買契約書の写し、印紙税の負担額が分かるもの |
| 決済・引渡し時 | 仲介手数料の領収書、精算書、測量費や解体費の領収書 |
| 年明け〜申告前 | 登記事項証明書、相続税の申告書の写し、特例の証明書類 |
被相続人の書類は、実家の片付けや解体の前に探すのが鉄則です。家財と一緒に処分されてしまうと、二度と取り戻せません。
特例を使うときの追加書類
相続税を納めた方が、相続税の申告期限の翌日以後3年以内に売却した場合は、納めた相続税の一部を取得費に加算できる取得費加算の特例があります。申告には「相続財産の取得費に加算される相続税の計算明細書」と相続税の申告書の写しが必要です。期限の数え方は相続不動産の売却期限は3年ではなく3年10か月──取得費加算から逆算する遺産分割のスケジュールをご覧ください。
昭和56年5月31日以前に建築された実家を売った場合は、空き家の3,000万円特別控除を使える可能性があります。この特例では、市区町村が発行する「被相続人居住用家屋等確認書」などが必要で、発行には一定の日数がかかります。取得費加算とは選択の関係にあり、両方を同時に使うことはできません。
申告書の形式
申告では、確定申告書に分離課税用の第三表を加え、「譲渡所得の内訳書(確定申告書付表兼計算明細書)[土地・建物用]」を添付します。国税庁の確定申告書等作成コーナーを使えば、画面の案内に沿って入力できます。
相続した不動産の売却で見落としやすい論点
共有で売ったら全員がそれぞれ申告する
兄弟の共有名義で売却した場合、譲渡所得は持分に応じて各相続人に帰属し、それぞれが確定申告をします。取得費や譲渡費用も持分に応じて按分します。代表者1人が申告すれば済むわけではありません。
換価分割(不動産を売って代金を分ける方法)では、誰が何割の譲渡所得を申告するかが遺産分割の内容と結びつきます。協議書の書き方によって申告の前提が変わることがあるため、売却の前に税理士と弁護士に確認しておくと安心です。
損失が出ても給与とは相殺できない
相続した実家を売って赤字になっても、その損失は原則として給与所得など他の所得と相殺(損益通算)できません。マイホームの買換えなど一部の例外を除き、土地建物の譲渡損失は分離課税の枠内で完結します。「赤字なら還付があるはず」という期待は持たないほうが安全です。
翌年の住民税と保険料にも響く
譲渡所得は翌年度の住民税の計算に含まれます。国民健康保険に加入している方は保険料に影響することがあり、扶養に入っている家族が売主になった場合も確認が必要です。売却代金のすべてを使ってしまわず、納税分を取り分けておくことをおすすめします。
まとめ
相続した不動産を売った年の確定申告は、売った金額よりも、被相続人の取得費を証明する書類が見つかるかどうかで結果が大きく変わります。
要点を振り返ります。
- 相続不動産を売却した年の翌年2月16日から3月15日までに確定申告をする
- 取得費と取得時期は被相続人から引き継ぎ、相続税評価額や鑑定評価額は取得費にならない
- 取得費が分からなければ売却代金の5パーセントになり、想定ケースでは税額に約669万円の差が生じた
- 相続登記の費用は取得費に含められるが、5パーセントの概算取得費を選ぶと上乗せできない
- 取得費加算や空き家の特別控除には、それぞれ専用の明細書・確認書が必要になる
- 共有で売った場合は各相続人がそれぞれ申告し、譲渡損失は給与と相殺できない
これから相続した実家や土地の売却を考えている相続人の方、昨年売却して申告の準備を始めた方は、まず被相続人の契約書類を探すところから始めてください。そして、売却前の価格の見極めや、土地と建物の内訳の整理で迷ったときは、価格の専門家にご相談ください。
相続した不動産の評価や売却前の価格の整理でお悩みの相続人の方、依頼者の申告や遺産分割を支援される士業の先生は、初回無料相談をご利用ください。税額の計算は税理士の先生にお任せいただき、当事務所は価格と内訳の根拠を書面で整える役割を担います。
免責事項
本記事は不動産鑑定評価の観点からの一般的な情報提供を目的としています。個別の税務に関する助言は税理士、法務に関する助言は弁護士など各専門家へお問い合わせください。記載内容は執筆時点の情報に基づいており、最新の制度・判例等により取り扱いが変わる可能性があります。
不動産鑑定士が相続した不動産をどう評価するか、必要になるケースや費用は遺産分割の不動産鑑定のページでまとめています。
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