相続税の申告期限に分割が間に合わない──未分割申告で失うものと、取り戻すための備え

遺産分割がまとまらなくても、相続税の申告・納付期限は相続開始を知った日の翌日から10か月で到来します。未分割申告で何が使えなくなるのか、分割見込書の3年と民法904条の3の10年という次の期限、そして協議を止める不動産の価格をどう固めるかを不動産鑑定士が整理します。

著者:吉田 健人·読了 約14
相続税の申告期限に分割が間に合わない──未分割申告で失うものと、取り戻すための備え

四十九日が終わり、金融機関の手続きを片付けているうちに半年が過ぎていた。実家をどうするかで話がまとまらないまま、税理士から「申告期限まであと二か月です」と連絡が入る。この段階になって初めて価格の話が持ち込まれることは、珍しくありません。

多くの方が誤解されているのは、「分割がまとまらなければ申告も待ってもらえる」という点です。違います。遺産分割が終わっていなくても、相続税の申告と納付の期限は動きません。そして、分割が終わっていないというだけの理由で本来使えたはずの取扱いが初回の申告では使えなくなり、いったん納める税額が膨らむことがあります。

私たち鑑定士は税額を計算する立場ではありませんが、分割が止まる原因の多くが「不動産をいくらと見るか」にあることは、ご相談を通じて繰り返し見てきました。この記事では、申告期限に分割が間に合わないときに何が起きるのかを整理したうえで、未分割のまま過ぎていく時間を「価格を固める時間」に変える考え方をご説明します。なお、個別の適用可否や税額の計算は税務の判断ですので、必ず税理士にご確認ください。

10か月という期限は、何の期限なのか

申告と納付の期限であって、分割の期限ではない

相続税の申告書は、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内に提出し、あわせて納付することとされています(相続税法第27条第1項)。起算点は「亡くなった日」ではなくそれを知った日の翌日ですが、実務上は死亡の日から数えることがほとんどです。

押さえていただきたいのは、この10か月が納税者側の義務の期限であって、相続人どうしの話し合いの期限ではないという点です。遺産分割協議そのものに法律上の一般的な期限はありません。だからこそ「まだ決まっていないのだから申告も先でよい」という感覚が生まれます。しかし国税庁も、分割されていないことを理由に申告期限が延びることはないと明示しています。

分割が終わっていなくても申告書は出す

では、何をどう申告するのか。各相続人が民法の規定による相続分(いわゆる法定相続分)または包括遺贈の割合に従って財産を取得したものとして課税価格を計算し、申告することになります(相続税法第55条)。誰が実家を取るのかが決まっていなくても、「法定相続分どおりに分けたと仮定すれば」という前提で税額をいったん確定させる。これが未分割申告と呼ばれるものの骨格です。

納付も同じ期限で来る

見落とされやすいのが納付です。納付も同じ10か月以内に行います。不動産が遺産の大半を占めるご家庭では、分割が決まらない以上その不動産を売って納税資金をつくれません。分割の停滞は、税務上の不利にとどまらず、相続人個人の資金繰りの問題にまで及びます。

未分割で申告すると、いったん何を失うのか

代表的な二つの特例が初回申告では使えない

未分割申告でもっとも影響が大きいのは、次の二つが初回の申告では適用できないことです。

使えない取扱い根拠
配偶者の税額の軽減相続税法第19条の2
小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例租税特別措置法第69条の4

いずれも相続税の負担を大きく左右する取扱いで、適用の有無で納付額の水準はまるで変わります。どちらも「誰がその財産を取得したか」を前提とする仕組みですから、取得者が決まっていない段階では判断のしようがない、というのが理由です。このほか、農地等の納税猶予や物納のように、分割の確定を前提とする取扱いもあります。ご自身の事案でどれが関係するかは、税理士にご確認ください。

いったん多めに納め、あとで取り戻す構造

未分割申告は「特例が永久に使えなくなる」制度ではありません。いったん特例なしで計算して納め、後日分割が確定した時点で精算する構造です。分割の結果に基づく税額が当初の申告額より少なくなる場合には、分割のあったことを知った日の翌日から4か月以内に更正の請求を行い、多くなる場合には修正申告を行います。いずれも自動的に処理されるものではなく、期限内に手続きを踏まなければ多めに納めた分はそのままになります。

「申告期限後3年以内の分割見込書」を必ず添える

後日の精算で特例を使えるようにしておくための手続きが、「申告期限後3年以内の分割見込書」です。未分割の申告書にこの書面を添えて提出しておくことで、その後に分割が確定したときに、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例を適用した精算への道が残ります。添付を忘れたまま申告すれば、後で分割がまとまっても特例の適用を受けられない事態になりかねません。ご自身で申告される場合はもっとも注意すべき一点です。

3年、そして10年──次に来る二つの時計

申告期限から3年が、特例を取り戻せる原則の線

分割見込書を出しても、いつまでも待ってもらえるわけではありません。修正申告や更正の請求で特例の適用を受けられるのは、原則として申告期限から3年以内に分割があった場合に限られます。相続開始から数えればおおよそ3年10か月。長いようでいて、相続人が多い、疎遠な相続人がいる、価格で折り合わないといった事情が重なれば、あっという間に到来します。

やむを得ない事由があるときの承認申請

3年以内にどうしても分割できない場合の受け皿も用意されています。申告期限の翌日から3年を経過する日において相続に関する訴えが提起されているなど、一定のやむを得ない事情があるときは、申告期限後3年を経過する日の翌日から2か月を経過する日までに、「遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書」を所轄税務署長に提出し、承認を受けるという手続きです。

注意すべきは、2か月という窓の狭さです。3年の期限に目が向きますが、その直後に短い手続き期限が続きます。しかもこの承認は「やむを得ない事由」がある場合のものであり、話し合いが進まなかったというだけで当然に認められるものではありません。可否は税務署の判断ですので、必ず税理士にご確認ください。

相続開始から10年で、分割のルールそのものが変わる

税務とは別に、民法の側にも時計があります。令和5年4月1日に施行された民法第904条の3により、相続開始の時から10年を経過した後にされる遺産分割は、原則として法定相続分または指定相続分によることとされました。生前贈与や寄与分を考慮した具体的相続分を主張できなくなる、ということです。

生前の資金援助や、介護・家業への無償の貢献。こうした事情を反映させたいのであれば、10年の内側で決着させる必要があります。放置は、分け方の公平さそのものを失わせます。

協議が止まる原因は、たいてい不動産の価格にある

預貯金は割れるが、不動産は割れない

未分割のご家庭の内訳を伺うと、預貯金や有価証券だけなら話は早く済んでいることがほとんどです。数字が一つしかなく、割り算ができるからです。止まるのは不動産が入ったときです。実家、農地、賃貸アパート、誰も使っていない土地。物理的に割れないうえに、「いくらの財産なのか」という前提の数字が人によって違います。前提が合わないまま取り分を論じても、議論は噛み合いません。

想定されるケース:価格が決まらないまま10か月が過ぎる

ここから先は実在の事案ではなく、構造を説明するための想定されるケースです。数値は仮定です。被相続人が所有していた実家(土地建物)があり、相続人は長男と次男の2人。長男は住み続けたいと考え、次男に代償金を支払う方向で話が進んでいます。ところが長男は「相続税の評価額は3,000万円だ」と言い、次男は不動産会社の査定を持ち出して「4,200万円だ」と言う。

前提とする価格実家の評価額次男が受け取る代償金
相続税評価額を基準とした場合3,000万円1,500万円
時価を基準とした場合4,200万円2,100万円

差は600万円。どちらも自分の主張に理があると信じており、譲る理由がありません。こうして、前提の数字が一つ決まらないという理由だけで10か月が過ぎていきます。代償金が評価額にそのまま連動する構造は、代償金の金額は評価額で決まる──1つの数字が数百万円を動かすで詳しく述べています。

相続税評価額と遺産分割の時価は、別の物差し

この対立の根には、二つの価格の混同があります。相続税の課税価格を計算するための評価は、財産評価基本通達に基づき、土地であれば路線価などを用いて算定されます。課税の公平と大量処理のための物差しです。一方、遺産分割で相続人が分け合う前提となるのは市場で成立するであろう時価です。目的が違うのですから、両者が一致しないのはむしろ自然です。

基準となる時点も違います。相続税の評価は相続開始時が基準ですが、遺産分割における不動産の評価は、原則として分割時の時価が基準とされています。この論点は相続開始時にさかのぼって評価できる理由──「価格時点」という考え方で詳しく述べています。

なお、路線価は公示価格の8割程度を目途に設定されており、その水準をそのまま分割の前提に置けば不動産を取得しない側が不利になります。逆に売却の受任を前提とした査定額を持ち込めば、取得する側が過大な代償金を背負います。どちらの数字も、そのままでは分割の前提に使えないと断言します。

未分割の期間にこそ、価格を固めておく

「決まらないから動かない」を逆にする

分割が止まっている理由が価格である以上、話し合いの結論を待って価格を調べるのでは、いつまでも動きません。中立の立場で調査した価格を先に一つ置く。すると議論は「いくらなのか」から「その価格を前提に誰がどう分けるか」に移ります。争点が一つ減るだけで、進む速度は明らかに変わります。評価をいつ用意するかという順序の問題は、遺産分割協議の進め方──不動産の評価はいつ用意するかでも整理しています。

未分割申告を済ませた後は、税務上の締め切りからいったん解放された時間です。これを「何も決まらない時間」にするのか「価格を固める時間」にするのかで、3年後の景色は違うものになります。

価格等調査報告書と鑑定評価書の使い分け

相続人どうしの話し合いの判断材料であれば価格等調査報告書、調停・審判など書面の重みが求められる場面では鑑定評価書、というのが基本的な使い分けです。いずれも現地調査、法令上の制限の確認、取引事例の分析という過程を踏み、なぜその価格なのかを書面に残します。「相場ではこのくらいらしい」という伝聞と、調査の過程を開示した書面とでは、話し合いの場で持つ力がまるで違うと断言します。

鑑定士・税理士・弁護士の役割分担

最後に線引きを明確にしておきます。土地建物の現況を調査し、その時価を判断することは私たち鑑定士の仕事です。一方、未分割申告の要否、分割見込書の添付、更正の請求や修正申告の期限管理、各特例の適用可否は税務の判断ですので、税理士にご確認ください。遺産分割協議書の作成、調停の申立て、具体的相続分をめぐる争いは弁護士にご相談ください。役割を分けたうえで、価格の部分だけを先に確定させる。期限に追われる相続で、もっとも確実だと考える進め方です。

まとめ

遺産分割がまとまらなくても、相続税の申告と納付の期限は動きません。未分割申告という選択肢はありますが、それは「いったん不利な前提で納め、後から精算する」仕組みであり、精算には手続きと期限が伴います。

要点を振り返ります。

  • 申告・納付の期限は相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月(相続税法第27条第1項)。分割の未了を理由に延びることはない
  • 未分割の場合は、法定相続分などに従って取得したものとして課税価格を計算して申告する(相続税法第55条)
  • 配偶者の税額軽減(相続税法第19条の2)と小規模宅地等の特例(租税特別措置法第69条の4)は初回の申告では使えない
  • 「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付しておけば、後日の分割確定時に特例を適用した精算への道が残る。更正の請求は分割があったことを知った日の翌日から4か月以内
  • 精算は原則として申告期限から3年以内の分割が前提。やむを得ない事由があれば、3年を経過する日の翌日から2か月以内に承認申請を行う
  • 相続開始から10年を経過すると、原則として具体的相続分による分割ができなくなる(民法第904条の3)
  • 相続税評価額と遺産分割の時価は、目的も基準時点も異なる別の物差し

申告期限が迫っているのに分け方が決まらない相続人の方、未分割申告を済ませたもののその後の協議が動いていないご家庭、依頼者の3年の期限を意識して段取りを組む税理士・弁護士・司法書士の先生。まず動かすべきは、価格です。

相続した不動産の評価でお悩みの相続人の方、依頼者の遺産分割を支援される士業の先生は、登記事項証明書と固定資産税の課税明細をお手元に、初回無料相談をご利用ください。対象不動産を調査したうえで、分割の前提となる価格を根拠とともに整理してお伝えします。

免責事項

本記事は不動産鑑定評価の観点からの一般的な情報提供を目的としています。個別の税務に関する助言は税理士、法務に関する助言は弁護士など各専門家へお問い合わせください。記載内容は執筆時点の情報に基づいており、最新の制度・判例等により取り扱いが変わる可能性があります。

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