賃貸アパートの相続評価はなぜ更地と違うのか──家賃から価格を導く「収益還元法」の仕組み
賃貸アパートの価格は土地と建物の足し算では決まらず、家賃から生まれる純収益を利回りで割り戻して導きます。満室想定の収入をそのまま使う計算がなぜ成り立たないのかを、想定ケースの数値で不動産鑑定士が整理します。

親が遺した財産のなかに賃貸アパートがある。経営を引き継ぐ相続人と、代償金を受け取る相続人に分かれる——このとき、真っ先に揉めるのが「あのアパートはいくらの財産なのか」という一点です。実家のような自宅とは違い、収益物件には毎月の家賃という数字が付いています。その数字があるがゆえに、かえって価格の主張が食い違いやすくなります。
よくあるのが、「満室なら年間700万円近い家賃が入る。利回り5%で計算すれば1億4,000万円の価値がある」といった計算です。もっともらしく聞こえますが、この計算は不動産鑑定評価の手法としては成り立っていません。逆に「築30年の木造だから建物の価値はゼロ、土地だけで見ればいい」という主張も、賃貸中の不動産の実態を捉えていません。
賃貸アパートの価格は、家賃から導きます。ただし「家賃をいくらで見るか」「そこから何を引くか」「いくらの利回りで割り戻すか」という三つの入口があり、そのどれを動かしても金額は数千万円単位で変わります。私たち鑑定士がこの三つをどう扱っているのかを、更地や自用の建物との違いから整理します。
賃貸中の不動産は「土地+建物」では測れない
自用の不動産とは価格の決まり方が違う
自宅として使っている土地・建物であれば、近隣の似た物件がいくらで売買されているかを基礎に価格を判定する取引事例比較法や、建物を今建て直したらいくらかかるかから減価を控除する原価法が中心になります。買い手が「自分が住むため」に買うからです。
一方、賃貸アパートを買う人の目的は居住ではなく、家賃という収益を得ることです。買い手が支払ってよいと考える金額は、その物件が将来生む収益に見合った水準に収れんします。だからこそ不動産鑑定評価基準は、賃貸用不動産や事業用不動産の評価にあたって収益還元法(対象不動産が将来生み出す純収益を利回りで割り戻して価格を求める手法)を適用することを求めています(不動産鑑定評価基準 総論第7章第1節)。
借家人がいることは、権利が制約されていること
もう一つ、自用との決定的な違いがあります。賃貸中の建物には借家人がいて、借地借家法によって強い保護を受けています。貸主の都合で契約を終わらせるには正当の事由が必要で(借地借家法第28条)、買った翌日から自由に建て替えたり自分で使ったりできるわけではありません。
つまり、賃貸中の不動産の所有権は、空室のまま引き渡される不動産の所有権と同じものではありません。この制約が価格に反映されるため、「同じ立地・同じ広さの土地なのに、賃貸中かどうかで評価額が違う」という現象が起きます。不思議なことではなく、売買される権利の中身が違うのです。
「更地なら1億円」は分割の基準にならない
遺産分割の相談で、アパートの敷地を更地として査定した資料が出てくることがあります。しかし遺産として現に存在するのは「入居者がいる築古アパートが建った土地」であって、更地ではありません。更地にするには入居者への立退き交渉と補償、建物の解体費用と時間がかかります。
遺産分割は、原則として分割時点における財産の時価を基準に行います。更地価格は、その時点で実現できない価格です。基準となる時点の考え方については価格時点という考え方もあわせてご覧ください。
収益還元法の仕組み──家賃から価格を逆算する
直接還元法:純収益を還元利回りで割り戻す
もっとも基本的な形は、一期間の純収益を還元利回りで割るという単純な式です。年間の純収益が500万円、還元利回りが5%であれば、500万円 ÷ 0.05 = 1億円が試算価格になります。
式が単純であることは、裏返せば、分子の純収益と分母の利回りのわずかな置き方の違いが価格に直結するということです。分子が1割ずれれば価格も1割ずれ、分母を0.5ポイント動かせば価格は1割前後動きます。争いになるのは常にこの二つの入口です。
純収益は「家賃収入」ではない
冒頭の「満室想定の家賃を利回りで割る」計算が成り立たない理由は、分子の置き方にあります。鑑定評価でいう純収益は、家賃の総額そのものではありません。おおむね次の順序で組み立てます。
まず、満室を前提とした年間の賃料等収入から、空室や貸倒れによる損失相当額を控除して有効総収入を求めます。次に、そこから運営費用を差し引きます。運営費用には、固定資産税・都市計画税、火災保険等の損害保険料、建物管理費、賃貸管理会社への報酬、日常的な修繕費、入居者募集にかかる費用などが含まれます。こうして求まるのが運営純収益です。
さらに、敷金など預り金の運用益を加え、外壁塗装や屋上防水、給湯器やエアコンの更新といった資本的支出を控除して、はじめて純収益になります。満室想定の家賃総額と、この純収益との間には、物件によって3割前後の開きが生じます。
DCF法という選択肢
保有期間中の各年の収支と、期間満了時の売却価格(復帰価格)をそれぞれ現在価値に割り引いて合計するDCF法(Discounted Cash Flow法、割引現在価値法)という手法もあります。近い将来に大規模修繕を予定している、定期借家契約の満了が控えている、大口テナントの退去が見込まれるなど、収支が年ごとに大きく動く物件では、直接還元法よりも実態を映しやすい手法です。
いずれの手法を採るにせよ、収益還元法は「家賃が入り続けるという前提の妥当性」を検証する作業とセットです。この検証を省いた利回り計算は、単なる希望的観測になります。
数値で見る──前提の置き方で価格はここまで動く
想定されるケース
説明のために、次のような物件を想定します。首都圏郊外の木造アパート1棟、1K×8戸、築25年、各戸の月額賃料7万円、現在ほぼ満室。実在の物件ではなく、仕組みを示すための仮の数値です。
満室を前提とした年間の賃料収入は、7万円 × 8戸 × 12か月 = 672万円です。ここから空室・貸倒れ損失を5%とすると有効総収入は約638万円、運営費用を有効総収入の20%とすると約128万円で、運営純収益は約510万円。資本的支出を年30万円相当と見れば、純収益は約480万円になります。
同じ物件で、試算価格が4,000万円以上ぶれる
この物件について、前提を変えて試算すると次のようになります。
| 前提の置き方 | 年間の分子 | 還元利回り | 試算価格 |
|---|---|---|---|
| 満室想定の収入をそのまま使う | 672万円 | 5.5% | 約1億2,200万円 |
| 空室率5%・運営費用20%を控除 | 480万円 | 5.5% | 約8,700万円 |
| 空室率15%・運営費用20%を控除 | 427万円 | 5.5% | 約7,760万円 |
| 空室率5%・運営費用20%を控除 | 480万円 | 6.0% | 約8,000万円 |
いちばん上と二番目の差、約3,500万円が「経費を引くかどうか」だけで生じた差です。相続人が2人で法定相続分が各2分の1であれば、代償金にして約1,750万円の違いになります。同じアパート、同じ家賃、同じ日付の話です。評価額の差がそのまま代償金の差になる構造は代償分割でも解説しています。
利回りは「近所の売り出し利回り」ではない
分母の還元利回りも、感覚で置けるものではありません。一般財団法人日本不動産研究所「第54回不動産投資家調査」(2026年4月現在)によれば、東京・城南地区の賃貸住宅に対する投資家の期待利回りはワンルームタイプで3.6%、ファミリータイプで3.7%とされています。
ただしこれは、都心の一定規模以上の優良物件を対象とした機関投資家の期待値です。郊外の築25年の木造アパートに同じ利回りを当てはめれば、価格は現実離れした水準に跳ね上がります。逆に、地方の物件で語られる「表面利回り12%」といった数字は、経費控除前のグロス利回りであって還元利回りではありません。私たち鑑定士は、同種物件の取引事例から求めた利回りや金融市場の動向を突き合わせ、構造・築年・立地・規模・入居者属性といった個別性を織り込んで判定します。
遺産分割で価格が割れやすい三つのポイント
レントロールの数字を額面どおりに読んでしまう
レントロール(各室の賃料・契約日・敷金等を一覧にした表)は評価の出発点ですが、そのまま信用してよい資料ではありません。相続の直前にフリーレント(一定期間の賃料を無償にする条件)を付けて埋めた部屋、親族が形式的に借りている部屋、周辺相場より明らかに高い賃料で入居している部屋が混ざっていることがあります。
私たちは各室の契約賃料と周辺の新規募集賃料を比較し、契約が入れ替わったときに維持できる賃料水準を見極めます。この差が大きい物件ほど、レントロールをそのまま使った計算と鑑定評価額は離れます。
老朽化と将来の支出が織り込まれていない
築25年を超える木造アパートでは、外壁・屋根・給排水設備の更新が近づいています。数百万円単位の支出が数年内に見込まれるのであれば、それは価格に反映されるべき事実です。「今の家賃が入っているから大丈夫」という前提だけで計算すると、経営を引き継ぐ側が将来の負担を一人で背負い、代償金だけが高く算定される結果になりかねません。建物の価値をどう見るかは築古の実家の建物価値でも扱っています。
相続税評価額をそのまま分割に使ってしまう
賃貸アパートの敷地は貸家建付地として、建物は貸家として、それぞれ相続税評価上の減額が行われます。この評価額は課税のために定められた画一的な方法で算出されたもので、市場で成立する時価とは目的も水準も異なります。相続税の申告書に載った数字をそのまま遺産分割の基準に使えば、時価との乖離の分だけ配分が歪みます。なお、相続税の計算や申告上の取扱いは税理士の職域ですので、税理士にご確認ください。
収益物件の評価で用意しておきたい資料
収益の実態が分かる資料
評価の精度は、資料の質でほぼ決まります。優先度の高いものから挙げると、レントロール、各室の賃貸借契約書、直近2〜3年分の収支実績(不動産所得の内訳書が有用です)、管理委託契約書、公租公課の課税明細書です。これらが揃えば、満室想定ではなく実績に基づいて純収益を組み立てられます。
建物の状態が分かる資料
建築確認済証・検査済証、設計図面、修繕履歴と長期修繕計画があれば、将来の資本的支出を根拠をもって見込めます。図面が見当たらない場合でも、現地調査と役所調査で相当程度は補えますので、揃わないことを理由に評価を諦める必要はありません。
入居者に知られずに進められるか
「調査で入居者が動揺しないか」というご心配をいただくことがあります。収益物件の評価は資料と外観調査、周辺の賃貸市場調査が中心で、全室の内部を調査しなければ評価できないわけではありません。空室の内部確認や外観・共用部の調査で足りる場合が多く、入居者への告知なしに進められます。収益物件の評価の進め方は収益物件・事業用不動産の評価にまとめています。
まとめ
賃貸アパートの価格は、土地と建物を足して求めるのではなく、その物件が生む収益から導かれます。そして収益の見積もり方には幅があるため、前提の置き方次第で金額は数千万円単位で動きます。要点を振り返ります。
- 賃貸中の不動産は借家人の権利によって使用が制約されており、更地や自用の不動産とは価格の決まり方が異なる
- 収益還元法の分子は家賃総額ではなく、空室損失と運営費用、資本的支出を控除した純収益である
- 満室想定の収入をそのまま利回りで割る計算は、実勢より大幅に高い金額を導きやすい
- 想定ケースでは、前提の置き方だけで試算価格が約7,760万円から約1億2,200万円まで振れた
- 還元利回りは投資家調査の数値や表面利回りをそのまま流用できず、個別性を踏まえた判定が必要になる
- レントロールの実態、将来の資本的支出、相続税評価額との違いが、協議で価格が割れる主な原因になる
賃貸アパートや収益物件を相続され、経営を引き継ぐ側・代償金を受け取る側のどちらの立場であっても、根拠を示せる一つの数字があれば、話し合いは金額の応酬から条件の調整へ進みます。相続人の代理人として遺産分割を支援される弁護士の先生、相続税申告に携わる税理士の先生からのご相談も承っています。
収益物件の評価でお悩みの相続人の方、依頼者の遺産分割を支援される士業の先生は、初回無料相談をご利用ください。ご相談はお問い合わせから、費用の目安は料金のご案内をご覧ください。
免責事項
本記事は不動産鑑定評価の観点からの一般的な情報提供を目的としています。個別の税務に関する助言は税理士、法務に関する助言は弁護士など各専門家へお問い合わせください。記載内容は執筆時点の情報に基づいており、最新の制度・判例等により取り扱いが変わる可能性があります。
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