遺産分割前に不動産を売却したら──代金の分け方と取り分が300万円動く評価の論点
遺産分割前に不動産を売却した・勝手に売られたとき、売却代金の分け方は判例の原則と例外で変わり、民法906条の2で処分財産を遺産に戻せます。売却価格と時価のどちらでみなすかで取り分が300万円動く計算例を不動産鑑定士が解説します。

「話し合いがまとまる前に、兄が実家の持分を業者に売ってしまった」「相続人全員で実家を売ったが、代金を姉が預かったまま渡してくれない」。遺産分割前の売却は、相続の相談の中でも感情的な対立に発展しやすい場面です。売ってしまったものは取り戻せないのか、代金はどう分けるのか、そもそも何円で売れたのが正しかったのか。疑問が一度に押し寄せます。
結論から申し上げます。遺産分割前に不動産が売却されても、それで話が終わるわけではありません。相続人全員で売った場合の代金は、原則として各相続人が相続分に応じて受け取る扱いですが、全員が合意すれば遺産分割の対象に含めることができます。相続人の一人が自分の持分を勝手に売った場合も、2019年7月施行の民法第906条の2により、売却された財産を「遺産として残っているもの」とみなして分割できるようになりました。そしてどちらの場面でも、最後に問われるのは売却された不動産をいくらとみなすかという評価の問題です。
私たち鑑定士は法律判断をする立場ではありませんが、過去の時点の不動産の価格や、持分の価格を判定するのは鑑定評価の本来の仕事です。この記事では、遺産分割前の売却で起きる典型的な場面を整理し、評価の取り方次第で取り分がどれだけ動くかを計算例で示します。個別の事案で何を請求できるかは、必ず弁護士にご確認ください。
遺産分割前の売却で起きる3つの場面
場面1:相続人全員で売却した
相続人全員が合意して実家を売り、代金を分ける。いわゆる換価分割(不動産を売却して代金を分ける分割方法)を、正式な遺産分割協議の前に先行させるケースです。全員が売買契約に関わっているため売却そのものは有効で、問題になるのは代金の分け方です。
場面2:相続人の一人が自分の持分だけを売った
相続が始まると、遺産の不動産は相続人全員の共有状態(遺産共有)になります。相続人は自分の持分を単独で処分できるため、法定相続分で共有の相続登記をしたうえで、自分の持分だけを共有持分の買取業者などに売ることがあります。他の相続人から見れば「勝手に売られた」と感じる場面ですが、自分の持分の売却そのものは法律上禁じられていません。
場面3:書類を偽造するなどして不動産全体を売った
遺産分割協議書を偽造して自分の単独名義にし、不動産全体を売ってしまうケースもあり得ます。他の相続人の持分については無権利者による処分であり、売買の効力、買主への請求、損害賠償、場合によっては刑事上の問題まで含む法律問題になります。この場面は早急に弁護士へご相談ください。この記事では主に場面1と場面2を扱います。
遺産分割前の売却代金の分け方──判例の原則と例外
原則:代金は遺産から外れ、各相続人が相続分に応じて取得する
相続人全員の合意で遺産分割前に不動産を売却した場合、その不動産は遺産から外れ、売却代金は各相続人が相続分に応じて個々に取得するというのが判例の立場です(最高裁判所昭和52年9月19日判決)。つまり代金は、原則として遺産分割協議を経ずに、法定相続分などで当然に分かれることになります。
この原則のもとでは、代金を預かっている相続人に対して、他の相続人は自分の取り分の支払いを求めることになります。遺産分割調停の中で扱うのではなく、民事訴訟(不当利得返還請求など)の問題になり得る点に注意が必要です。
例外:全員の合意があれば遺産分割の対象に含められる
一方で、相続人全員が売却代金を遺産分割の対象に含める合意をし、代金を一人が一括して保管しているような事情があれば、代金を遺産分割の中で分けることができるとされています(最高裁判所昭和54年2月22日判決)。実務では、売却の前に「代金は遺産分割の対象とする」という合意を書面に残しておくと、後の争いを防ぎやすくなります。
先に売るなら合意書と精算ルールを決めておく
換価分割を先行させるときは、少なくとも次の点を書面で決めておくことをおすすめします。
- 売却代金を遺産分割の対象に含めるかどうか
- 代金を誰が保管し、いつ分配するか
- 仲介手数料・測量費・解体費などの売却経費を誰がどう負担するか
- 譲渡所得税(売却益にかかる税金)を誰の名義で申告するか
売却の段取りは換価分割の進め方で詳しく解説しています。売却益にかかる税金の申告方法は、売却の前に税理士にご確認ください。
相続人の一人が勝手に売却した場合──民法906条の2
2019年改正前は「売った者勝ち」の不公平があった
改正前は、相続人の一人が遺産分割前に遺産を処分すると、その財産は遺産から外れ、残った財産だけで分割を行うのが原則でした。処分した相続人は、売却代金を手にしたうえで残りの遺産からも法定相続分どおりに取得できてしまい、他の相続人が損をする構造がありました。
処分された財産も「遺産にあるもの」とみなせる
2019年7月1日に施行された民法第906条の2は、この不公平を是正するための規定です。遺産分割前に遺産に属する財産が処分された場合でも、共同相続人全員の同意により、その財産が遺産分割時に遺産として存在するものとみなすことができます(第1項)。そして、処分したのが共同相続人の一人であれば、その処分した本人の同意は不要です(第2項)。
つまり、兄が自分の持分を勝手に売った場合、兄以外の相続人全員が同意すれば、売られた持分も遺産に含めて分割の計算ができます。売った兄は、売却した持分を「すでに取得した」ものとして扱われ、残りの遺産からの取り分がその分だけ減ることになります。
誰が処分したかで争いになったら
処分したのが相続人の一人なのかどうか自体に争いがある場合、たとえば「相続開始の直後に預金が引き出されたが、誰が引き出したか分からない」という場合は、遺産であることの確認を求める訴訟などで別途確定させる必要があるとされています。不動産は登記と売買契約書で処分者がはっきりすることが多いものの、施行日前の処分には適用されない点も含め、適用の可否は弁護士にご確認ください。
遺産分割前に売却された不動産は「いくら」とみなすのか
売却価格と時価は一致するとは限らない
民法第906条の2で売却された財産を遺産に戻すとしても、条文は「いくらとみなすか」までは定めていません。実際の売却価格を使うのか、時価で評価し直すのかが争点になり得ます。市場で通常の手順を踏んで売却されていれば、売却価格は時価を示す有力な資料です。しかし次のような事情があると、売却価格をそのまま使うことに異論が出ます。
- 親族や知人、自分が関わる会社などへの売却
- 売り急ぎで、十分な販売活動をしないまま売却した
- 共有持分だけを、共有持分の買取業者に売却した
共有持分の売却価格はもともと低い
ここが鑑定評価の立場から強調したい点です。共有持分だけを買っても、買主は単独で建物に住んだり、不動産全体を売ったりできません。そのため持分の取引価格は、不動産全体の価格に持分割合を掛けた金額より大幅に低くなるのが通常で、これを共有減価(共有であることによる価格の引き下げ)と呼びます。詳しくは共有持分だけを売ることはできるのかで解説しています。
つまり、持分が全体価格の按分より安く売れたこと自体は、必ずしも「不当な安売り」の証拠にはなりません。一方で、遺産分割では通常、不動産全体の価格を基準に各相続人の取得分を計算します。売られた持分を「売却価格」で戻すのか「全体価格×持分割合」で戻すのかで、他の相続人の取り分は変わります。
想定されるケース:みなす価額の違いで300万円動く
次のような前提で計算してみます。数字は説明のための想定です。
- 相続人は長男と次男の2人(法定相続分は各2分の1)
- 遺産は実家(全体の時価3,000万円)と預金1,000万円
- 遺産分割前に、長男が自分の持分2分の1を共有持分の買取業者に900万円で売却し、代金を受け取った
- 次男が民法第906条の2の同意をし、売却された持分を遺産に含めて分割する
- 残る持分2分の1は、全体価格の2分の1(1,500万円)で評価すると仮定
| 項目 | 売却価格900万円とみなす | 全体価格の按分1,500万円とみなす |
|---|---|---|
| みなし遺産の総額 | 3,400万円 | 4,000万円 |
| 各自の取り分 | 1,700万円 | 2,000万円 |
| 長男がこれから受け取る額 | 800万円 | 500万円 |
| 次男が受け取る額 | 1,700万円 | 2,000万円 |
売却価格900万円で戻すと、次男の取り分は1,700万円です。全体価格の按分1,500万円で戻すと2,000万円になり、差は300万円です。どちらの考え方が妥当かは事案ごとの判断であり、法的な評価は弁護士とご相談いただく事項です。ただし、どちらの立場をとるにしても、「全体の時価はいくらか」「持分としての市場価格はいくらか」の両方を根拠をもって示せることが交渉の前提になります。
売却価格の妥当性を検証するための評価
売却時点にさかのぼって価格を判定する
「兄の会社に安く売られたのではないか」という疑問を検証するには、売却された時点の適正な価格を知る必要があります。不動産鑑定評価基準(国土交通省が定める鑑定評価の統一ルール)は、価格時点(いつの時点の価格かを特定する基準日)を過去とする評価を認めています。売却時点の取引事例や公示価格、市場の状況を当時の資料で再現し、その時点の価格を判定します。仕組みは相続開始時にさかのぼって評価できる理由で解説しています。
1通で複数の価格を示すことができる
遺産分割前の売却が争点になる事案では、次のような複数の価格が必要になることがあります。
- 売却時点の不動産全体の価格(売却価格の妥当性の検証用)
- 売却時点の共有持分としての価格(持分売却の場合)
- 遺産分割時の不動産全体の価格(残っている遺産の評価用)
鑑定評価書では、価格時点と前提条件を明示したうえで、1通の中に複数の価格を併記することができます。相手方が売却価格の根拠として不動産会社の査定書を出してきた場合は、その査定書の前提を検証することから始めるのが効率的です。検証の着眼点は「この査定書はおかしい」を根拠に変えるをご覧ください。
評価のために集めておきたい資料
売却された不動産を評価するには、次の資料が手がかりになります。登記事項証明書は法務局で誰でも取得できるため、まず売却の日付と買主を確認しましょう。
- 登記事項証明書(売却による移転の日付・買主の確認)
- 売買契約書の写し(手に入る場合)
- 固定資産税の課税明細書や名寄帳
- 売却前の建物の状態がわかる写真や間取り図
取引事例や公的な価格資料は当事務所で収集します。費用の目安は、正式な鑑定評価書が30万円〜(マンション1室・借地権・底地・収益物件などは40万円〜)、金額の目安を知るための価格等調査報告書が15万円〜、相手方資料の検証(セカンドオピニオン)が5万円〜です(いずれも税別)。売却時点と現在の2時点を求める場合は10万円〜の加算、調停・訴訟など争訟案件は価格等調査30万円・鑑定評価書60万円(税別)を起点にお見積りします。詳しくは料金のご案内をご覧ください。
まとめ
遺産分割前に不動産が売却されても、代金の扱いや民法第906条の2によって、取り分を調整する道は残っています。そしてどの道を選んでも、売却された不動産をいくらとみなすかという評価が取り分を左右します。
要点を振り返ります。
- 相続人全員で売却した代金は、原則として各相続人が相続分に応じて取得する(最高裁昭和52年9月19日判決)
- 全員の合意があれば、売却代金を遺産分割の対象に含めることができる(最高裁昭和54年2月22日判決)
- 相続人の一人が勝手に処分した財産は、他の相続人全員の同意で遺産とみなして分割できる(民法第906条の2)
- 持分の売却価格は共有減価によって全体価格の按分より低くなるのが通常で、どちらでみなすかで取り分が数百万円動く
- 売却価格の妥当性は、売却時点にさかのぼった鑑定評価で検証できる
相続人の一人が実家の持分を先に売ってしまい、取り分の計算に納得できない相続人の方、売却代金の扱いが争点になっている遺産分割事件を担当される弁護士の先生。まず必要なのは、売却時点と分割時点の価格を、前提条件を明示したうえで示すことです。
遺産分割前に売却された不動産の評価でお悩みの相続人の方、依頼者の遺産分割を支援される士業の先生は、初回無料相談をご利用ください。登記事項証明書と売却の時期がわかる資料をお手元にご相談いただければ、必要となる価格時点と評価の進め方を整理してお伝えします。
免責事項
本記事は不動産鑑定評価の観点からの一般的な情報提供を目的としています。個別の税務に関する助言は税理士、法務に関する助言は弁護士など各専門家へお問い合わせください。記載内容は執筆時点の情報に基づいており、最新の制度・判例等により取り扱いが変わる可能性があります。
不動産鑑定士が相続した不動産をどう評価するか、必要になるケースや費用は遺産分割の不動産鑑定のページでまとめています。
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