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総則6項は「乖離が大きいだけ」では発動しない──通達評価と時価の距離を測る意味

財産評価基本通達の総則6項は、通達評価額と時価の乖離が大きいというだけで発動する規定ではありません。令和4年最高裁判決と令和6年東京高裁判決が示した枠組みを確認し、通達評価と時価の距離がどこから生まれるのか、事前に測っておく実務上の意味を不動産鑑定士が整理します。

著者:吉田 健人·読了 約14
総則6項は「乖離が大きいだけ」では発動しない──通達評価と時価の距離を測る意味

相続税申告の現場で、「この不動産、通達どおりに評価して本当に大丈夫だろうか」と一瞬立ち止まる場面はないでしょうか。財産評価基本通達の総則6項、いわゆる「伝家の宝刀」です。抜かれれば申告額の前提が覆り、加算税にまで及びます。かといって、市場価格が気になる財産のたびに身構えていては業務が回りません。

この規定をめぐっては、令和4年4月19日の最高裁判決以降、多くの解説が出ています。ただ、その大半は「どのような場合に課税庁が抜くのか」という課税側の視点から書かれたものです。私たち鑑定士が日々向き合っているのは、その一段手前にある作業です。すなわち、そもそもこの財産は通達評価と時価がどれだけ離れているのか、という事実の測定です。

本稿では、価格を判定する側の立場から、総則6項が意識される場面と、通達評価と時価の「距離」を事前に測っておくことの実務上の意味を整理します。はじめにお断りしておくと、申告方針そのものの判断は税理士の先生の職域であり、当事務所がその採否を助言することはありません。

総則6項は何を定めた規定か

短い一文に置かれた二段構え

財産評価基本通達の総則6項は、この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は国税庁長官の指示を受けて評価する、と定めています。短い一文ですが、二つの要素が置かれています。一つは「著しく不適当」という実体面の要件。もう一つは「国税庁長官の指示」という手続面の縛りです。

つまり、現場の調査官が個別の裁量で通達を外せる規定ではありません。長官指示という重い手続が要求されていること自体が、この規定を例外中の例外として設計した趣旨を示しています。

「時価」を定めているのは通達ではなく法律

前提として押さえておきたいのは、相続税法第22条が課税価格を「時価」と定めており、通達はその時価を求めるための行政内部の取扱基準にすぎない、という構造です。通達評価が原則的な処理として機能しているのは、画一的な基準によることが納税者間の公平に資するからであって、通達評価額が法的な意味での時価そのものだからではありません。

この構造を押さえておくと、総則6項は「通達の例外規定」というより、「法律が定める時価へ戻るための出口」だと理解できます。そして時価を判定するための代表的な手段が、不動産鑑定評価です。

令和4年最高裁判決が示したもの、示さなかったもの

事案の骨格

令和4年4月19日の最高裁第三小法廷判決は、総則6項について最高裁が正面から判断を示した初めての事例です。被相続人が相続開始の直前に多額の借入れによって不動産を取得し、相続開始後まもなく売却したという事案で、通達評価額と鑑定評価額とのあいだに大きな隔たりがありました。最高裁は、通達評価によらないことが平等原則に反しないとして、課税庁の処分を適法としています。

「乖離があること」自体は理由にならない

実務で誤解されやすいのがこの点です。判決は、評価額に大きな乖離があるというだけでは通達評価によらないことの合理的な理由にはならない、という趣旨を明確にしています。乖離に加えて、租税負担の軽減をも意図した行為が現に存在し、その結果として他の納税者とのあいだに看過しがたい不均衡が生じていること。この重ね合わせが問題とされました。

したがって、「路線価と実勢価格が2倍以上離れている物件は危ない」といった単純な物差しは、判決の理解として正確ではありません。距離の大きさは入口の事情にすぎず、決め手は別のところにあります。

令和6年東京高裁判決が補強したこと

その後、令和6年8月28日の東京高裁判決(取引相場のない株式の評価が争われた事案)では、総則6項の適用が否定され、納税者の主張が認められました。国が上告せず確定しています。対象財産は不動産ではありませんが、通達評価額と課税庁の主張額とのあいだに大きな開きがあってもなお、納税者側に租税負担の軽減を意図した作為が認められない以上は適用を正当化できない、という枠組みが示された点で、令和4年判決の理解を補強するものと受け止められています。

いずれも一般的な議論状況の紹介であり、個別事案の見通しを述べるものではありません。当然ながら、申告における採否のご判断は先生の領域です。

距離は「場所」ではなく「構造」から生まれる

通達評価と時価の距離は、都心だから大きい・地方だから小さい、という地理の問題ではありません。価格形成の構造が通達の想定とずれている財産で大きくなります。鑑定側から見た着眼点を三つ挙げます。

着眼点1──収益性が価格を支配する不動産

賃貸マンション、オフィスビル、底地、事業用建物。これらは市場において、家賃や地代が生む収益から価格が形成されます。一方、通達評価は土地について路線価、建物について固定資産税評価額を出発点とし、貸家建付地や貸家の減額で調整します。価格形成のロジックそのものが違うため、稼働率や賃料水準が標準から外れた物件ほど、幅も方向も読みにくい差が生まれます。

差は必ず通達評価が低い側に出るとは限りません。空室が続く老朽アパートや、地代が低位に固定された底地では、通達評価額のほうが処分可能な価格を上回ることもあります。乖離は納税者に有利な方向だけに生じるものではない、という点は見落とされがちです。

着眼点2──補正が実態に追いつかない土地

著しい不整形地、間口が極端に狭い土地、崖地、無道路地、面積の大きな土地。通達には補正率が用意されていますが、補正は画一性を優先した割り切りです。開発の可否や造成費の多寡が価格を大きく左右する土地では、補正後の評価額と市場が付ける価格が離れることがあります。同じ地域の同じ面積でも、接道の状況ひとつで開発の前提が変わり、価格が段違いになることは珍しくありません。

着眼点3──制度改正で距離が変わった財産

令和6年1月1日以後に相続、遺贈または贈与により取得した居住用の区分所有財産については、国税庁の法令解釈通達「居住用の区分所有財産の評価について」により、区分所有補正率を用いる方法が導入されました。従来大きかった評価額と市場価格の距離を、制度として縮める仕組みです。改正の前後で距離の測り方そのものが変わった典型例といえます。この点はタワーマンションの相続──2024年の相続税評価見直しと「時価」の考え方で詳しく扱っています。

想定されるケース──距離を測ったら、論点が移った

具体的にイメージしていただくため、想定されるケースを一つ挙げます。実在の案件ではありません。

被相続人が十数年前から所有していた地方都市の賃貸マンション一棟が遺産に含まれていたとします。相続人は3名。申告期限まで半年という段階で、税理士の先生から「通達評価と市場の価格が離れていないか、感触だけでも知りたい」とご相談をいただいた、という設定です。

検討項目通達評価の考え方時価(鑑定)の考え方
土地路線価に各種補正、貸家建付地として減額更地としての比較価格を基礎に、賃貸中の制約を反映
建物固定資産税評価額に貸家の減額土地建物一体の収益価格の中に織り込む
稼働の状況原則として反映されない空室率・賃料水準・修繕負担を直接反映

このケースで実際に調査してみると、稼働率の低下と大規模修繕の先送りが重く、収益からみた価格は通達評価額を下回る水準にとどまりました。つまり、「総則6項が心配な財産」ではなかったわけです。

ここで論点は移ります。申告上の心配が薄れた一方、相続人間の遺産分割では、この一棟を取得する相続人が通達評価額を前提に代償金を負担すると、実態より重い負担を引き受けることになります。先生のご相談は申告の話から出発しましたが、実際に価格を測ったことで、分割協議の前提づくりへと論点が移ったわけです。関連する考え方は代償金の金額は評価額で決まる──1つの数字が数百万円を動かすでも整理しています。

このように、距離を測る作業は「6項が来るかどうか」の一点だけに効くものではありません。測った結果そのものが、申告と分割の両面で使える材料になります。

「測っておく」ことが先生の業務を軽くする理由

説明責任の材料になる

相続人から「この評価額で本当に妥当なのか」と問われたとき、通達に従って計算しましたという説明だけでは、納得を得にくい場面があります。第三者である鑑定士が時価の水準を示していれば、通達評価を採用した理由も、逆に検討を要すると判断した理由も、外形のある根拠とともに説明できます。

申告と分割の二重作業を避けられる

相続税申告は通達評価、遺産分割は時価。同じ不動産に二つの物差しが並走するのが相続の現場です。申告の検討段階で時価を把握しておけば、分割協議で改めて価格を調べ直す手間が減ります。士業連携の全体像は税理士の先生が不動産鑑定士と連携する3つの場面をご覧ください。

段階を分けて費用を抑えられる

いきなり正式な鑑定評価書を作る必要はありません。当事務所では、まず距離の見立てをお伝えし、必要があれば価格等調査報告書(不動産鑑定評価基準の一部に従わない範囲で行う調査の結果をまとめた報告書。内部検討用の資料として費用を抑えられます)、さらに対外的な説明や争訟での使用が見込まれる場合に鑑定評価書へ進む、という段階分けをご案内しています。距離が小さいと分かった段階でそこで止める、という選択も当然にあり得ます。

価格の判定と、申告方針の判断は別のもの

最後に、線引きをもう一度明確にしておきます。当事務所が担うのは、対象不動産の時価はいくらかという価格の判定と、その根拠の提示です。その時価を申告にどう使うか、通達評価と併記するのか、課税庁との関係でどう位置づけるのか。これらの判断はすべて税理士の先生の職域であり、当事務所から節税手法として鑑定評価をお勧めすることはありません。

この線引きがあるからこそ、価格の数字を中立的な材料として扱っていただけると考えています。なお、本稿の内容は一般的な整理であり、個別の申告における取扱いについては顧問の税理士の先生のご判断に従ってください。

まとめ

総則6項は、乖離の大きさだけで発動する規定ではありません。しかし、乖離の有無と幅を知らないまま申告に進むことは、説明材料を持たないまま相続人と向き合うことを意味します。距離を測る作業は、6項への備えである以上に、申告と遺産分割の双方で使える土台づくりです。

要点を振り返ります。

  • 相続税法第22条が定めるのは「時価」であり、財産評価基本通達はその時価を求めるための行政内部の取扱基準にあたる
  • 総則6項は「著しく不適当」という実体要件と「国税庁長官の指示」という手続要件の二段構えで、例外中の例外として設計されている
  • 令和4年4月19日最高裁判決は、評価額に大きな乖離があるというだけでは通達評価によらない理由にならず、租税負担の軽減をも意図した行為とそれによる不均衡が問題になるという枠組みを示した
  • 令和6年8月28日東京高裁判決(取引相場のない株式の事案・国が上告せず確定)は、大きな開きがあっても作為が認められなければ適用を正当化できないとして、この理解を補強した
  • 距離が生まれるのは地理的な場所ではなく価格形成の構造であり、収益性が支配する不動産、補正が実態に追いつかない土地、制度改正が入った財産が着眼点になる
  • 距離は納税者に有利な方向だけに出るとは限らず、稼働の悪い収益物件では通達評価額が処分可能な価格を上回ることもある
  • 測った結果は遺産分割の代償金の前提としても使えるため、申告段階での把握は二重作業の回避につながる

相続税申告で通達評価と実態の距離が気になる財産を抱えておられる税理士の先生、依頼者の申告と遺産分割の両面を支援される弁護士・司法書士の先生。まず動かすべきは、価格という事実です。距離が小さいと分かれば通達評価を自信をもって採用でき、大きいと分かればその先の検討を先生のご判断で組み立てられます。どちらに転んでも、測っておいて損になることはありません。

相続した不動産の評価でお悩みの相続人の方、依頼者の遺産分割や申告を支援される士業の先生は、初回無料相談をご利用ください。登記事項証明書と賃貸借の状況がわかる資料をお手元にご連絡いただければ、通達評価と時価の距離について、まずは見立てをお伝えします。お問い合わせからご相談ください。費用の目安は料金のご案内をご覧ください。

免責事項

本記事は不動産鑑定評価の観点からの一般的な情報提供を目的としています。個別の税務に関する助言は税理士、法務に関する助言は弁護士など各専門家へお問い合わせください。記載内容は執筆時点の情報に基づいており、最新の制度・判例等により取り扱いが変わる可能性があります。

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