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鑑定人選任を待つ前に──遺産分割事件で不動産の評価を争うときの立証の組み立て方

遺産分割事件で不動産の評価を争うとき、鑑定人選任は最後の手段です。価格時点の設定、対象範囲の特定、相手方資料の検証、そして価格資料を投入する四つの段階を、弁護士の先生向けに実務の順序で整理しました。

著者:吉田 健人·読了 約15
鑑定人選任を待つ前に──遺産分割事件で不動産の評価を争うときの立証の組み立て方

遺産分割事件で不動産の評価が争点になったとき、「相手方の査定書に対抗できないなら、家庭裁判所の鑑定人選任を申し立てるしかない」と整理されることが少なくありません。しかし価格資料を投入できるタイミングは受任直後から審判手続まで複数あり、どの段階で何を出すかによって事件の進み方も依頼者の負担も変わります。

とりわけ見落とされやすいのが、価格時点の設定を誤ったまま資料を集めてしまうという失敗です。特別受益や寄与分が主張されている事件では、相続開始時と分割時という二つの時点の価格が必要になります。ところが最初に取り寄せた資料が分割時の一時点しか押さえておらず、期日が進んでから作り直しになる。時間の損失だけでなく、依頼者に「あの資料は何だったのか」という不信を残します。

この記事では、価格時点の設定、対象範囲の特定、相手方資料の検証、鑑定人選任前の準備という順に、私たち鑑定士が弁護士の先生と協働するときに整理している論点をお示しします。法律上の主張構成そのものは先生の領域ですので、「価格という事実をどう立証可能な形にするか」という技術面に絞ってご説明します。

出発点は「どの時点の価格か」を確定させること

遺産そのものは分割時、特別受益・寄与分は相続開始時

遺産分割において、遺産そのものの評価の基準時は分割時とするのが実務の到達点です(札幌高決昭和39年11月21日ほか)。一方で、具体的相続分を算定する際の修正要素である特別受益と寄与分は、相続開始時の価額で評価します。この二つは別の時点を見ているため、特別受益または寄与分が主張されている事件では、原則として二時点の評価が必要になります。

「過去の一時点の価格を求める」という作業は、不動産鑑定評価基準が「価格時点」として正面から扱う領域です。価格時点とは、その価格がいつの時点のものかを示す基準日のことで、当時の取引事例・地価公示・市場動向に基づいて当時の価格を判定します。仲介会社の査定書は現在売り出すといくらかを示すものですから、性質上、過去時点の価格を担えません。

二時点評価が必要になる事件の見分け方

次のいずれかに当てはまる事件では、受任の段階で二時点評価の要否を検討しておく価値があります。

  • 生前贈与(事業資金・住宅取得資金・不動産そのもの)が主張されている
  • 特定の相続人による療養看護や事業への貢献が寄与分として主張されている
  • 相続開始から分割まで年単位の時間が経過し、その間に地価が動いている
  • 対象不動産の周辺で再開発・路線延伸・用途地域変更など価格に影響する事情があった

逆に、相続開始から分割までが短期間で価格変動がほぼ無く、当事者全員が一時点の評価で進めることに合意しているのであれば、二時点にこだわる実益は乏しくなります。

二時点を押さえたかどうかで代償金がどれだけ変わるか

想定されるケースで確認します。相続人は長男と次男の2名、遺産は実家の不動産のみ。相続開始時の時価4,000万円が、数年を経た分割時には6,000万円まで上昇していたとします。長男は生前に事業資金1,000万円の贈与を受けており、相続開始時の価額で1,000万円の特別受益にあたることに争いはないものとします。

二時点で計算すると、相続開始時の遺産4,000万円に特別受益1,000万円を加えたみなし相続財産5,000万円を法定相続分で分け、各2,500万円。長男からは特別受益1,000万円を控除して1,500万円、次男は2,500万円です。この比率を分割時の遺産6,000万円に乗じると、長男2,250万円、次男3,750万円。長男が実家を取得する場合の代償金は3,750万円になります。

一方、分割時の6,000万円だけで通すと、みなし相続財産は7,000万円、各3,500万円、長男は特別受益控除後2,500万円、次男3,500万円となり、代償金は3,500万円です。

項目二時点で評価分割時の一時点で通す
具体的相続分の算定に使う遺産額4,000万円(相続開始時)6,000万円(分割時)
現実の分割に使う遺産額6,000万円(分割時)6,000万円(分割時)
次男の取得額(代償金)3,750万円3,500万円

差は250万円です。評価費用を二時点分負担してもなお残る差であり、どちらの立場に立つかによって、二時点評価を求めるか一時点でよいと主張するかも変わります。評価の技術的な論点が、そのまま主張の有利不利に直結する典型例です。

対象範囲の特定──「何を評価するか」で結論が変わる

敷地・私道持分・隣接地の扱い

価格時点と並んで固めるべきは「対象不動産の範囲」です。実家の敷地に前面私道の持分が付いている、被相続人名義の土地と配偶者名義の土地が一体で使われている、車庫にしている隣接地が別筆で登記されている。範囲の切り方ひとつで評価額は動きます。とくに私道持分は見落とされやすく、単独では市場性が乏しい一方、宅地と一体で処分される限りは価値を持ちます。

範囲の設定は事実認定の問題であると同時に、遺産の範囲という法律問題にも接しますので、先生のご方針をうかがったうえで評価条件として書面に明記します。

利用権が付いている不動産、持分だけの不動産

賃貸中のアパート、借地人がいる底地、相続人の一人が無償で住んでいる建物。これらは「更地であればいくら」とは別の価格になります。使用貸借(無償で貸している状態)の扱いは遺産分割の実務で争いになりやすい論点ですが、価格の面ではどの前提を採るかを評価条件として明示し、必要なら複数の前提で価格を示すという対応が可能です。並べて示したほうが裁判所の心証形成に資する場面もあります。

被相続人が持分しか持っていない場合も同様です。遺産分割では全体の価格に持分割合を乗じる整理が多い一方、持分をそのまま市場で処分する場面を想定すれば、共有減価(共有状態ゆえに単独所有より価格が下がること)を織り込んだ価格になります。どちらを求めるかは事件の出口(分割か換価か)で変わります。

相手方の価格資料を検証する

検証で見るべき三点

相手方から査定書や私的鑑定が出てきたとき、反論の糸口はおおむね次の三点に集約されます。

  1. 価格時点:いつの価格として作成されたものか。二時点評価が必要な事件で一時点しか示していないなら、その一事をもって立証としては不完全です。
  2. 対象範囲:私道持分・附属建物・利用権の扱いが明示されているか。前提が書かれていない資料は、そもそも何を評価したのか検証できません。
  3. 手法の適合:収益物件に取引事例比較法だけを当てている、更地価格から建物の取壊し費用を控除していない、といった手法選択の問題です。

このうち1と2は、現地に行かなくても書面上で検討できることが多く、費用をかけずに主張を組み立てられる領域です。詳しくは「この査定書はおかしい」を根拠に変えるで整理しています。

検証だけで足りる場面、対抗評価が要る場面

相手方資料の前提が崩れれば、裁判所はその資料を採用しにくくなります。それで交渉が動くなら、こちらから対抗評価を出す必要はありません。検証意見書(セカンドオピニオン)は5万円〜(税別)からお引き受けしていますので、まず相手方資料の当否を確かめてから次の手を決める進め方が合理的です。

他方、相手方資料を崩しただけでは「では正しい価格はいくらなのか」が空白のまま残ります。代償金の金額そのものを争点化するなら、どこかでこちら側の価格を立てる必要が出てきます。見極めの目安は、争っている金額の開きが評価費用の何倍あるかです。開きが200万円から300万円程度以上あるなら、費用をかける実益があると考えています。

価格資料を投入する四つの段階

価格資料は「出すか出さないか」の二択ではありません。段階ごとに性格と費用が異なります。

段階使う資料費用の目安(税別)
受任直後の目線合わせ口頭の見立て・無料相談無料
協議・調停での主張価格等調査報告書10万円〜
審判を見据えた私的鑑定鑑定評価書20万円〜
裁判所鑑定鑑定人の鑑定評価書予納金として数十万円〜

段階1・2:目線合わせから調停の主張資料まで

段階1は、登記事項証明書と公図、現地の写真程度の情報から「おおよそこのくらいの水準」という見立てをお伝えするものです。方針決定のための内部資料で、外部には出ません。ここで「相手方の査定額は水準として妥当」と分かれば、評価を争点化しない方針を早期に選べます。この段階のご相談は無料です。

段階2の価格等調査報告書は、不動産鑑定評価基準に則らない価格等の調査として、調査の範囲や前提を限定したうえで価格を示す書面です。協議や調停で目線を作る資料としては機能しますが、鑑定評価書と同等の証明力は期待できません(この違いはいわゆる「簡易鑑定」の正体──価格等調査報告書と鑑定評価書を費用と場面で選び分けるで詳しく扱っています)。審判に進む見込みが立った段階で鑑定評価書に切り替える二段構えも可能です。

段階3・4:私的鑑定と裁判所鑑定

当事者の依頼により作成された鑑定評価書は、手続上は書証として扱われます。裁判所が選任した鑑定人による鑑定とは位置づけが異なりますが、鑑定評価基準に則って作成され、価格時点・評価条件・採用した手法とその適用過程が明示されている点で、査定書とは証明力に差があります。

遺産分割審判の手続では、家事事件手続法64条1項により民事訴訟法の証拠調べの規定が準用され、鑑定を実施できます。当事者の一部が反対していても、必要と認められ予納金(費用の前払として裁判所に納める金銭)が納付されれば実施されるのが実務です。審判費用の負担は家事事件手続法29条の定めによります。両者の使い分けは裁判所の鑑定と自分で頼む鑑定は何が違うのかをご参照ください。

鑑定人選任の前にやっておくと差が出ること

期間を逆算する

鑑定評価書は、必要な資料が揃ってからおおむね2〜3週間が標準的な期間です。役所調査が必要な物件や、過去時点の評価で当時の資料収集を要する場合はさらにかかります。期日の直前にご相談いただくと、間に合わせるために調査の深さを削らざるを得ず、証明力の弱い資料になりかねません。期日から逆算して遅くとも1か月前であれば、選択肢が広がります。

資料を先に整える

鑑定人が選任されてから資料を探し始めると、鑑定期間そのものが延びます。相続人しか持っていない資料——建築時の図面、増改築の履歴、賃貸借契約書、修繕の記録、被相続人が生前に受けていた査定や売却の打診に関する書面——は、早い段階で依頼者に確認を依頼しておけば、裁判所鑑定に進んだ場合も鑑定人への提出資料としてそのまま使えます。

共有物分割訴訟に移る可能性がある場合

遺産分割の対象から外れた共有不動産や、分割後も共有が残る不動産には、共有物分割訴訟という別のルートがあります。2023年4月1日施行の改正民法258条2項は、裁判による共有物分割の方法として現物分割と賠償分割を並べて規定しました。賠償分割(共有者の一人が他の共有者の持分を取得し、その対価を支払う方法)が選ばれる場合、対価の算定はやはり不動産の価格に帰着します。

どちらのルートで進むかによって必要な価格の性格(全体価格か持分価格か)が変わりますので、見通しが分かれている段階でお知らせいただければ、両にらみの設計をご提案します。どちらの手続を選ぶべきかという法律判断は先生の領域であり、私たちが申し上げる立場にはありません。

まとめ

遺産分割事件における不動産の評価は、「鑑定を入れるか入れないか」の二択ではありません。価格時点を定め、対象範囲を特定し、相手方資料を検証したうえで、どの段階にどの資料を投入するかを設計する作業です。順番を逆にすると、費用をかけたのに使えない資料が残ります。

要点を振り返ります。

  • 遺産そのものの評価は分割時、特別受益・寄与分は相続開始時。特別受益等が主張される事件では二時点評価が原則となる
  • 対象範囲(私道持分・附属建物・利用権・持分か全体か)を評価条件として書面に明記する
  • 相手方資料は価格時点・対象範囲・手法の適合の三点で検証でき、その多くは現地調査なしに書面上で検討できる
  • 価格資料の投入には四つの段階があり、争っている金額の開きと手続の段階に応じて選び分ける
  • 鑑定評価書は資料が揃ってから2〜3週間が標準。期日の1か月前を目安にご相談いただきたい
  • 共有物分割訴訟に移る可能性があるなら、必要な価格の性格が変わるため早めに共有いただきたい

遺産分割・遺留分・共有物分割の事件を受任され、不動産の評価をどう立証に組み込むか迷われている弁護士の先生、相続人から評価の相談を受けている税理士・司法書士の先生に、この記事がご参考になれば幸いです。なお、相続税の課税価格や税額に関わるご判断については、税理士にご確認ください。

「この事案で鑑定を入れる実益はあるか」という一往復からのご相談を歓迎します。相続した不動産の評価でお悩みの相続人の方、依頼者の遺産分割を支援される士業の先生は、お問い合わせから初回無料相談をご利用ください。士業の先生向けのご案内は士業の先生へにまとめています。

免責事項

本記事は不動産鑑定評価の観点からの一般的な情報提供を目的としています。個別の税務に関する助言は税理士、法務に関する助言は弁護士など各専門家へお問い合わせください。記載内容は執筆時点の情報に基づいており、最新の制度・判例等により取り扱いが変わる可能性があります。

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