遺産分割に期限はないが、10年で「分け方のルール」が変わる──2028年3月末の壁

遺産分割の協議に期限はありませんが、相続開始から10年を過ぎると特別受益や寄与分を反映した具体的相続分による分割ができなくなります。施行前に始まった相続に迫る2028年3月31日という期限と、争点が不動産の評価額に集約される理由を不動産鑑定士が整理します。

著者:吉田 健人·読了 約14
遺産分割に期限はないが、10年で「分け方のルール」が変わる──2028年3月末の壁

父が亡くなってから何年が過ぎたのか、正確には思い出せない。実家は空いたまま、名義も父のまま。兄弟の仲が悪いわけではないけれど、誰かが言い出さないかぎり話は動かない。相続のご相談では、この「止まったまま何年も経った」という状態が決して珍しくありません。

そうした方が口をそろえておっしゃるのが、「遺産分割に期限はないと聞いた」という一言です。これは半分だけ正しい。協議そのものに、いつまでにやらなければならないという一般的な期限はありません。10年経っても20年経っても、相続人が集まって合意すれば分割はできます。しかし2023年4月1日に施行された民法の改正により、相続開始から10年を過ぎると「どういう物差しで分けるか」のルールが変わることになりました。期限がないのは手続きであって、有利・不利を決める前提のほうには時計が動いているのです。

そして今、施行前に始まった相続には2028年3月31日という共通の期限が近づいています。私たち鑑定士は法律判断をする立場ではありませんが、この10年ルールが効いてくると分割の争点が「不動産をいくらと見るか」の一点に集約されるという意味で、無関係ではいられません。この記事では、10年で何が変わり、金額がどう動き、残された時間で何を準備すべきかを整理します。なお、ご自身の事案で期限がいつ到来するか、申立てをすべきかは法律判断ですので、必ず弁護士にご確認ください。

期限が来るのは「分割」ではなく「分け方の物差し」

10年を過ぎても遺産分割はできる

まず誤解を解いておきます。相続開始から10年が経過しても、遺産分割協議はできます。まとまらなければ家庭裁判所に調停や審判を求めることもできます。「10年で分割できなくなる」「実家が国に取られる」といった説明を耳にしますが、正確ではありません。

変わるのは、分ける割合の決め方です。民法第904条の3により、相続開始の時から10年を経過した後にする遺産分割は、原則として法定相続分または指定相続分(遺言で指定された相続分)によることとされました。

失われるのは「具体的相続分」

ここで押さえていただきたいのが、具体的相続分(特別受益や寄与分といった個別事情を反映させて調整した、その人が実際に取得できる取り分)という考え方です。10年を過ぎると、この具体的相続分による分割ができなくなります。

  • 特別受益(生前贈与や遺贈など、特定の相続人が被相続人から受けていた特別の利益。民法第903条)
  • 寄与分(被相続人の財産の維持・増加に特別の寄与をした相続人に認められる加算。民法第904条の2)

住宅資金の援助を受けた兄がいる。親を介護し続けた妹がいる。こうした事情を取り分に反映させる仕組みが、10年を境に使えなくなるということです。

なぜこのルールができたのか

背景にあるのは、所有者不明土地の問題です。分割されないまま相続が重なると相続人は雪だるま式に増え、土地は事実上動かせなくなります。特別受益や寄与分も、年月が経つほど証拠が失われて当否の判断が難しくなる。そこで期間を区切り、長期間放置された遺産は画一的な基準で処理できるようにしたのがこの改正です。同じ問題意識から導入された相続登記の申請義務化は、相続登記の義務化で「実家の放置」はどうなるかで整理しています。

2028年3月31日──施行前に始まった相続に来る共通の期限

経過措置は「10年」と「施行から5年」の遅い方

この改正は、施行日より前に始まった相続にも適用されます。ただし施行の瞬間にいきなり主張できなくなるのでは酷ですから、経過措置として猶予が置かれました。改正法の附則により、具体的相続分を主張できる期限は、相続開始から10年を経過する時と、施行から5年を経過する時、つまり令和10年(2028年)3月31日のいずれか遅い時とされています。

平成30年3月以前に始まった相続は、一律で同じ日

これを相続開始時期ごとに整理すると、次のようになります。

相続開始の時期具体的相続分を主張できる期限
平成30年3月31日以前令和10年(2028年)3月31日
平成30年4月1日以降相続開始から10年を経過する日

10年以上前に相続が開始し、ずっと放置してきたご家庭は、いつ相続が始まったかにかかわらず同じ日に期限が来ます。この記事を書いている2026年9月の時点で、残りは1年半ほど。相続人が複数いて連絡を取るところから始めるのであれば、決して長い時間ではありません。

期限を止める手段は「家庭裁判所への遺産分割の請求」

期限が迫っていても、打てる手はあります。民法第904条の3は二つの例外を定めています。ひとつは、10年を経過する前に相続人が家庭裁判所に遺産分割の請求をしたとき。もうひとつは、10年の期間満了前6か月以内に遺産分割を請求できないやむを得ない事由があった相続人が、その事由の消滅から6か月以内に請求をしたときです。

重要なのは、期限を止めるのが相続人どうしの話し合いではなく、家庭裁判所への申立てだという点です。「来月また集まって話そう」を繰り返しても期限は止まりません。また、相続人全員が具体的相続分による分割に合意するなら、10年経過後でもその内容で分割すること自体は妨げられないと解されていますが、これは全員の同意が前提です。誰かひとりが法定相続分を主張すれば、それが通ります。申立ての要否とタイミングは弁護士にご確認ください。

金額はどう動くのか──想定されるケース

前提

ここから先は実在の事案ではなく、構造を説明するための想定されるケースです。数値は仮定です。被相続人である父が平成29年に亡くなり、相続人は長男と次男の2人。遺産は実家(土地建物)の時価4,000万円と預貯金800万円で、合計4,800万円。長男は生前に住宅取得資金として1,200万円の贈与を受けており、これが特別受益にあたるとします。

10年の内と外で、次男の取り分は600万円動く

具体的相続分で計算する場合は、特別受益1,200万円を遺産に持ち戻して、みなし相続財産を6,000万円とします。各人の法定相続分2分の1を掛けると3,000万円。長男はすでに1,200万円を受け取っているので、残る取り分は1,800万円です。

一方、10年を過ぎて法定相続分による場合は、持ち戻しがありません。4,800万円を単純に2分の1ずつ分けます。

分割の前提長男の取得額次男の取得額
具体的相続分(10年経過前)1,800万円3,000万円
法定相続分(10年経過後)2,400万円2,400万円

次男から見れば600万円の減少です。逆に、親を介護し続けた相続人が寄与分を主張しようとしていた事案であれば、その加算が丸ごと消えることになります。放置は中立ではありません。特別受益を受けた側に有利に、貢献した側に不利に働くという方向性を持っています。

時間切れで失われるのは、金額だけではない

数字以上に大きいのは、納得感が失われることです。「兄は家を建てるとき援助してもらった」「自分は10年通って介護した」。こうした思いを制度上主張できなくなった状態で、あらためて分け方を決めなければなりません。話し合いの土台そのものが変わるという点を、時間の経過は静かに突きつけてきます。

具体的相続分が使えなくなると、争点は不動産の価格だけになる

変数が一つに絞られるという意味

ここからが私たち鑑定士の領分です。法定相続分による分割になれば、割合は法律で決まっているので動きません。預貯金も金額が一つしかない。では何が争点として残るか。不動産の評価額です。

先ほどのケースで、実家を長男が取得して次男に代償金を払う形にするとします。割合が2分の1で固定されている以上、次男が受け取る額は遺産の総額から機械的に決まります。実家を4,000万円と見るか4,800万円と見るかで、代償金は400万円動きます。割合の議論が封じられた分、金額のすべてが評価額に乗ってくるのです。

相続税評価額をそのまま使うと、取得しない側が損をする

そこで持ち出されがちなのが、相続税の申告で使った評価額です。しかし相続税の課税価格を計算するための評価は、財産評価基本通達に基づき路線価などを用いるもので、課税の公平と大量処理のための物差しです。路線価は公示価格の8割程度を目途に設定されており、その水準をそのまま分割の前提に置けば、不動産を取得しない側が受け取る代償金は目減りします。逆に売却の受任を前提とした査定額を持ち込めば、取得する側が過大な負担を背負います。どちらの数字も、そのままでは分割の前提に使えないと断言します。この論点は不動産には「4つの価格」がある──実勢価格・公示価格・路線価・固定資産税評価額で詳しく述べています。

基準となる時点は「分割時」であって、相続開始時ではない

もう一点、10年放置した事案で必ず問題になるのが基準時です。遺産分割において不動産をいくらと見るかは、原則として分割時の時価が基準とされています。相続開始から10年が経っていれば、その間に市場は大きく動いています。10年前の相続税申告書に書かれた評価額は、分割の前提としては使えません。

なお、遺留分侵害額請求では基準時が相続開始時になり、期間の定めも別にあります(民法第1048条)。遺産分割の10年とはまったく別の時計ですので、どちらの枠組みなのかは弁護士にご確認ください。

残された時間で、何から動かすか

「決まらないから動かない」を逆にする

10年放置されてきた遺産分割が止まっている理由をうかがうと、感情的な対立そのものよりも、「実家をいくらと見るかが決まらないから、誰がどう取るかの案を作れない」という順序の問題であることが多くあります。話し合いの結論を待って価格を調べるのでは、いつまでも動きません。中立の立場で調査した価格を先に一つ置くと、議論は「いくらなのか」から「その価格を前提に誰が何を取るか」に移ります。争点が一つ減るだけで、進む速度は変わります。

価格等調査報告書と鑑定評価書の使い分け

相続人どうしの話し合いの判断材料であれば価格等調査報告書、調停・審判など書面としての重みが求められる場面では鑑定評価書、というのが基本的な使い分けです。期限が迫り家庭裁判所への申立てを視野に入れる事案では、後者を前提に準備するほうが手戻りがありません。いずれも現地調査、法令上の制限の確認、取引事例の分析を踏まえ、なぜその価格なのかを書面に残します。

専門家の役割を分けて、同時に進める

期限が近い事案ほど、順番に片付けようとすると間に合いません。土地建物の現況を調査してその時価を判断することは私たち鑑定士の仕事です。期限の到来時期の判断、家庭裁判所への申立て、特別受益や寄与分の主張の組み立ては弁護士にご相談ください。相続税の申告や更正の請求の期限管理は税務の判断ですので、税理士にご確認ください。未分割のまま申告を済ませている場合の税務上の時間軸は、相続税の申告期限に分割が間に合わない──未分割申告で失うものと、取り戻すための備えで整理しています。役割を分けたうえで並行して進める。それが、残り時間の使い方としてもっとも確実だと考えています。

まとめ

遺産分割の協議そのものに一般的な期限はありません。しかし相続開始から10年を過ぎると、特別受益や寄与分を反映した具体的相続分による分割ができなくなり、原則として法定相続分で分けることになります。長く放置された相続ほど、この期限の影響は大きくなります。

要点を振り返ります。

  • 10年を過ぎても遺産分割はできる。変わるのは分ける割合の決め方(民法第904条の3、令和5年4月1日施行)
  • 失われるのは具体的相続分。特別受益(民法第903条)と寄与分(民法第904条の2)を反映させられなくなる
  • 施行前に開始した相続の期限は、相続開始から10年と令和10年(2028年)3月31日のいずれか遅い時。平成30年3月31日以前の相続は一律で2028年3月31日
  • 期限を止めるのは話し合いではなく、家庭裁判所への遺産分割の請求
  • 全員が合意すれば10年経過後も具体的相続分による分割は可能だが、ひとりでも法定相続分を主張すればそれが通る
  • 割合が固定される分、争点は不動産の評価額に集約される。相続税評価額や売却査定額をそのまま分割の前提に置かない
  • 遺産分割における不動産の評価の基準時は、原則として分割時

10年以上前に相続が開始したまま名義も分け方も決まっていないご家庭、期限を意識して依頼者の段取りを組み直す弁護士・税理士・司法書士の先生。まず動かすべきは、前提となる価格です。

相続した不動産の評価でお悩みの相続人の方、依頼者の遺産分割を支援される士業の先生は、登記事項証明書と固定資産税の課税明細をお手元に、初回無料相談をご利用ください。対象不動産を調査し、分割の前提となる価格を根拠とともに整理してお伝えします。

免責事項

本記事は不動産鑑定評価の観点からの一般的な情報提供を目的としています。個別の税務に関する助言は税理士、法務に関する助言は弁護士など各専門家へお問い合わせください。記載内容は執筆時点の情報に基づいており、最新の制度・判例等により取り扱いが変わる可能性があります。

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