境界が決まっていない実家は分けられるのか──相続で測量が必要になる場面と費用の目安
実家の境界標が見当たらない。そんな状態でも遺産分割の話し合いと相続登記は進められます。止まるのは売却と相続土地国庫帰属制度です。筆界と所有権界の違い、現況測量・確定測量・筆界特定の費用と期間の目安、面積の前提が代償金をどれだけ動かすかを不動産鑑定士が整理します。

親が亡くなり、誰も住まなくなった実家の敷地に立ってみる。ブロック塀はあるけれど、角に埋まっているはずの境界標が見当たらない。登記事項証明書の地積は165平方メートルとあるが、その数字がどこからどこまでを指すのか誰も説明できない。権利証を探しても測量図は出てこない。こうした実家は珍しくありません。
ここで多くの方が不安になります。境界がはっきりしないまま、この土地を兄弟で分けてよいのだろうか。しかし測量には数十万円かかると聞く。遺産分割がまとまるかも分からない段階で、その費用を誰が出すのか。──この二つの心配が同時に押し寄せて、手が止まってしまうのです。
結論から申し上げます。境界が確定していなくても、遺産分割の話し合いも相続登記も進められます。止まるのは、売るときと、国に引き取ってもらおうとするときです。私たち鑑定士は依頼のたびに「この土地はどの程度まで境界が固まっているか」を確認し、その精度に応じて価格の出し方を変えています。この記事では、境界という言葉の整理から始めて、測量の種類と費用、相続のどの場面でどこまでの精度が必要になるのかを説明します。
「境界」という言葉が三つの意味で使われている
筆界は登記の線、所有権界は権利の線
話がかみ合わない原因の多くは、言葉の混同にあります。まず分けるべきは、筆界と所有権界です。
筆界とは、その土地が登記されたときに隣の土地との境を構成するものとされた点と、それを結ぶ線です(不動産登記法第123条)。公法上の線であり、分筆・合筆をしない限り動きません。隣どうしが「ここを境にしましょう」と合意しても、筆界そのものは変わりません。
これに対して所有権界とは、所有権がどこまで及ぶかという私法上の線で、当事者の合意や時効取得によって動きます。多くの土地では筆界と一致しますが、塀を越えて何十年も使ってきた部分があるといった事情があると一致しません。法務省も、筆界と所有権の範囲は一致することが多いものの必ずしも同じではない、と説明しています。
そして三つめが、現況の境です。ブロック塀や生垣といった目に見える構造物は参考資料ではありますが、それ自体は筆界でも所有権界でもありません。相続の現場では、この三つが混ざったまま「うちの土地はここまで」という前提で話が進みがちです。
公簿面積と実測面積がずれる理由
登記事項証明書に記載された地積を公簿面積、実際に測った面積を実測面積と呼びます。古い土地では、この二つが一致しないことがよくあります。原因は明治期の地租改正に伴う測量の精度にさかのぼり、当時は技術水準が低く、税負担を抑えるため小さめに申告される傾向もありました。
その結果、実測すると公簿より広い「縄延び」が生じます。反対に狭くなる「縄縮み」もあります。区画整理を経た住宅地では差が小さく、旧市街地や山林・農地に近い土地では差が大きくなりやすい、というのが実務の感覚です。
測量には、目的の違う三つの手段がある
現況測量──いま見えているものを測る
現況測量は、塀や構造物、くいなど現地にあるものの位置を測り、面積を計算するものです。隣地所有者の立会いを前提としないため、手早く費用も抑えられます。ただし得られるのは「いまの構造物どおりに測ればこの面積」という情報であって、隣地が同意した境界ではありません。越境があれば位置は分かりますが、どちらが正しいかは判断されません。
確定測量──隣地の立会いと署名を得る
確定測量は、隣接地の所有者に現地へ立ち会ってもらい、境界点の合意を得て筆界確認書などに署名押印をもらう手続です。道路・水路に接していれば自治体との立会い(官民査定)も必要になります。これを経ると隣地との境界の認識が一致し、地積更正登記や分筆登記の前提も整います。売却の場面で買い手や金融機関が求めるのは、通常こちらです。
筆界特定制度──法務局に筆界の位置を示してもらう
隣地と折り合いがつかない場合に使えるのが筆界特定制度です。土地の所有権登記名義人やその相続人などが法務局に申請すると(不動産登記法第131条)、筆界特定登記官が、外部専門家である筆界調査委員の意見を踏まえて筆界の位置を特定します。
新たに筆界を作る制度ではなく、もともとあった筆界がどこかを明らかにする制度です。申請手数料は対象となる土地の価格で決まり、法務省は「申請人の土地とその隣の土地の価格の合計額が4,000万円である場合には、申請手数料は8,000円」という例を示しています。ただし手続の中で測量が必要になれば、その費用は申請人の負担です(不動産登記法第146条)。期間は法務局ごとに標準処理期間が公表されており(同法第130条)、たとえば徳島地方法務局は6か月としています。
これらを並べると次のようになります。費用と期間は土地家屋調査士への依頼実務で目安として示されることの多い水準で、土地の形状・筆数・隣地の数によって大きく変動します。
| 手段 | 得られるもの | 費用の目安 | 期間の目安 |
|---|---|---|---|
| 現況測量 | 現況の構造物に基づく位置と面積 | 10万〜30万円程度 | 2週間〜1か月程度 |
| 確定測量(民民のみ) | 隣地の立会い・署名を得た境界と面積 | 35万〜45万円程度 | 1か月半〜2か月程度 |
| 確定測量(官民査定あり) | 上記に加え公有地との境界 | 60万〜80万円程度 | 3か月程度 |
| 筆界特定 | 法務局が特定した筆界の位置 | 申請手数料+測量費用 | 半年程度 |
相続の場面ごとに、求められる精度は違う
遺産分割の話し合いでは、測量がなくても進む
遺産分割協議に、確定測量は法律上の要件ではありません。相続人全員が合意すれば、公簿面積のまま協議書を作れます。相続登記も同じで、境界が未確定であることを理由に却下されることはありません。相続登記には令和6年4月1日から申請義務が課され、原則として取得を知った日から3年以内とされていますが、境界の話が片付くのを待つ必要はない、ということです。
問題は、合意の前提となる「価格」です。面積が分からなければ金額も固まりません。代償分割で一方が現金を払う形なら、面積の不確かさはそのまま代償金の不確かさになります。
鑑定評価で、私たち鑑定士は何を見ているか
評価の依頼をお受けしたとき、私たちはまず公図・登記事項証明書・地積測量図の有無を確認します。確定測量図があればそれに基づいて評価し、ない場合は公簿面積を前提としたうえで、その旨を前提条件として書面に明記します。
申し上げておきたいのは、私たち鑑定士は測量の専門家ではないという点です。筆界を測って図面にするのは土地家屋調査士の業務で、私たちが現地で見るのは評価に必要な形状・接道・利用状況にとどまります。境界に争いがある土地では、争いがない前提の金額と、結果によって面積が変わりうることの双方を書面に残します。
そして、面積が不確かであること自体が市場では減価の要因になります。買い手は引渡しまでに確定測量が終わるかを読めず、越境や隣地とのもめごとを引き継ぐリスクを価格に織り込むからです。形状や面積が価格に与える影響は広い土地・不整形な土地の相続評価はなぜ割れるのかもあわせてご覧ください。
売却と国庫帰属では、境界が前提になる
境界未確定のまま進めようとして止まるのが、次の二つです。
一つめは売却です。実務では、引渡しまでに売主の負担で確定測量を行い、境界標を明示する条件が付くのが一般的です。買い手が「現況有姿・公簿売買」で受け入れることもありますが、不確かさの分だけ価格は下がります。換価分割を選ぶなら、測量の期間と費用は最初からスケジュールに組み込むべきです(準備の全体像は実家を売って分ける前ににまとめています)。
二つめが、相続土地国庫帰属制度です。法務省が示す「引き取ることができない土地の要件」では、境界が明らかでない土地・所有権の存否や帰属、範囲について争いがある土地が、申請の段階で却下される類型の一つとされています。しかも申請者が認識している境界が現地で表示され、かつ隣地所有者との間でその境界に争いがないことまで求められます。いらない土地を国に引き取ってもらう道は、境界の整理を避けて通れません。
想定されるケース:縄延びが判明した実家
設定
ここから先は実在の事案ではなく、想定されるケースです。数値は仕組みを説明するための仮定であり、個別の土地の評価を保証するものではありません。
実家の土地は登記上の地積が165平方メートル。区画整理を経ていない旧市街地にあり、地積測量図は法務局に備え付けられていません。ここでは土地のみに絞り、近隣の取引から導かれる実勢単価は1平方メートルあたり28万円とします。相続人は長男と次女の2人で、長男が実家を取得し次女に代償金を支払う代償分割を検討しているものとします。
協議の途中で確定測量を行ったところ、実測面積は178.5平方メートルでした。公簿より13.5平方メートル、約8パーセント広い縄延びです。
面積の前提が変われば、代償金はこう動く
| 面積の前提 | 土地の評価額 | 次女の代償金 |
|---|---|---|
| 公簿面積165.00平方メートル | 4,620万円 | 2,310万円 |
| 実測面積178.5平方メートル | 4,998万円 | 2,499万円 |
差は378万円、代償金では189万円です。確定測量の費用を仮に40万円とすれば、40万円の支出が189万円の配分を動かした計算になります。
大事なのは、この差を「次女が得をした」と単純化できない点です。縄縮みなら結論は逆ですから、測量をすれば有利になるという予測で動くべきではありません。どちらに転ぶか分からないからこそ、代償金の桁が大きい案件では先に測るほうが、あとから「あの面積は間違っていた」と蒸し返される事態を防げます。代償金の決まり方は代償金の金額は評価額で決まるで述べています。
なお、相続税の申告における地積の扱い(公簿面積によるか実測によるか)は財産評価の実務上の論点を含みます。具体的な取扱いは税理士にご確認ください。
境界が決まらないとき、どう進めるか
隣地所有者と連絡が取れない
確定測量が止まる最大の理由は、技術ではなく、立会いに応じてくれる相手がいないことです。それでも現況測量までは行えます。こちらの認識を記録に残しつつ、遺産分割は公簿面積を前提に進め、将来の売却時に改めて対応する。十分に現実的な判断です。隣地の相続人が判明しない場合は、司法書士・弁護士に相談して相続人調査から始めます。
話し合いが決裂したとき
隣地の所有者はいるが、境界の認識が食い違って折り合わない。選択肢は三つあります。
- 土地家屋調査士会が運営する境界問題相談センター(ADR)での調停。非公開で進み、費用は訴訟より抑えられます。所有権の範囲についての合意を目指す手続です
- 筆界特定制度。法務局が筆界の位置を特定します。訴訟に比べ費用・期間の負担が小さいのが特徴です
- 境界確定訴訟。裁判所が筆界を定めます。最も時間と費用がかかりますが、判決には筆界を確定する効力があります
どの手続を選ぶかは、争いの中身が筆界そのものなのか、時効取得や越境をめぐる所有権の問題なのかによって変わります。判断には法的な見立てが必要ですので、弁護士にご確認ください。
なお費用の負担は、相続人が法定相続分に応じて立て替える、実家を取得する予定の相続人が負担して代償金の算定で考慮する、といった整理が実務では取られます。測量を「誰かのための出費」ではなく「分け方を確定させるための共通の投資」と位置づけておくと、話はこじれにくくなります。
まとめ
境界が決まっていない実家でも、遺産分割の話し合いと相続登記は進められます。止まるのは売却と国庫帰属であり、そこへ進む見込みがあるかどうかが、測量を先にするか後にするかの分かれ目です。
要点を振り返ります。
- 筆界・所有権界・現況の境は別の概念で、ブロック塀の位置はそのどれでもない
- 公簿面積と実測面積のずれは、旧市街地や山林に近い土地ほど大きくなりやすい
- 現況測量・確定測量・筆界特定は目的が違う手段であり、費用も期間も大きく異なる
- 遺産分割協議と相続登記に確定測量は必須ではないが、売却と相続土地国庫帰属制度では境界の明確化が前提になる
- 隣地と折り合わない場合は、ADR・筆界特定・境界確定訴訟という三つの道がある
実家を相続したものの測量にいくらかけるべきか判断がつかない相続人の方、依頼者から「測量は必要ですか」と問われて費用対効果を説明したい税理士・弁護士・司法書士の先生方。どちらの場面でも必要なのは「この土地をどう処分するつもりか」という出口から逆算することです。出口が違えば、必要な精度も費用も変わります。
私たち鑑定士は測量の要否そのものを判断する立場にはありませんが、面積の不確かさが価格にどう響き、代償金の差がどの程度になるかを数字で示すことはできます。境界が未確定の実家をどう分けるかでお悩みの相続人の方、依頼者の遺産分割を支援される士業の先生は、初回無料相談をご利用ください。土地の状況をうかがい、測量を先にすべき案件かどうかの見立てからお話しします。
免責事項
本記事は不動産鑑定評価の観点からの一般的な情報提供を目的としています。個別の税務に関する助言は税理士、法務に関する助言は弁護士など各専門家へお問い合わせください。記載内容は執筆時点の情報に基づいており、最新の制度・判例等により取り扱いが変わる可能性があります。
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